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夏の夜空を花火が彩る──
正味一時間半の空の上演。
間もなくお仕舞いの合図に大きな仕掛け花火が豪快に空を揺るがし地響きを促す。
身体に伝わる振動──
大輪に咲き綻び夜空に散っていく花火はいつみても感動する…
「ねえ、良かったでしょ、帰り明日にしてさ!」
そう話し掛けてきた多恵ちゃんにあたしは力一杯頷いて返した──
皆で見る花火は楽しい。
こんな景色。こんな瞬間を味わったらまた──
この土地を離れ難くなってしまう…
東京に戻ったらまた寂しくなる…
「そんな泣かないのっ!」
目に涙を浮かべ、グシグシと目尻を擦るあたしを多恵ちゃんは笑いながら叱る。
「帰ってきなよ…」
笑ったあとに多恵ちゃんは顔を覗き込んで言った…
「こいつデカイくせにほんと泣き虫だよなー」
高槻の大きな手があたしの頭を包んで撫でるとその手はまたあたしの手を握った。
・
ああ…
マジでやばい……
もうどっち付かずに揺れていた心のメトロノームが完全に片方へ傾きつつある──
鈍い動き
大きく振れながら揺れていた針の先の錘はゆっくりと夏希ちゃん側から戻り、中心へと向かう──。
真ん中を抜けて反対へと傾き弱い反動でゆっくりとまた中心へと戻るのだろうか──
花火終了の合図に一際大きな打ち上げが上空高くにヒュルルル──と立ち上ると空一面を綺麗に彩って豪華な火の花は弾け散った……
ステージで花火終演の挨拶の放送が流れる──
「皆さん──大輪の花火の消え去った向こう側から何かが近付いて着ていますっ!!」
「……?」
空に背を向けた観客に、まるで戦隊物のステージショーが始まりそうな勢いでアナウンスのお姉さんが花火の煙幕が揺らぐ空を指差していた……
無意識に会場中の視線が上空に向けられる──
「なんだあれは──」
ざわめく観客から次々とそんな声が聞かれていた。
「──……え」
うそ…
ちょ───
「マジでかよっ!!」
男ばりに驚きの声が口からでる──
空から唸りを挙げて近付いてくるヘリが六機──
そしてやたらデカイ軍用機のヘリが一機、護衛するように着いてきている。
一台のヘリにはテレビ局の名前が記され、生中継なんて書かれた幕が貼り付いている。そのヘリはデパートの上空を旋回していた。
・
四機のヘリが会場隅の離れた所に一機ずつ着陸し、着飾った人影が降りてくる……
そして最後の一機は上空で停止したままあたしの真上に長い縄梯子を降ろした──
揺れ動く梯子から上手に降りてくる……
ああ…
前にスパイ役やったって言ってたな……
唖然としながらも頭の中は意外に冷静だ。
その人はタキシードを品良く着込み、風避けのゴーグルを装着している──
ああ…なんだ
これはあれだ…
洋画の007で観たことあるかも…
目の前に繰り広げられる映像──
風に泳ぐ黒いジャケットから腰に巻いた幅広い黒のカマーベルトが長い脚を余計に強調している──
陸地に近付くとその影は梯子から飛び降りてあたしの元へと歩いてくる。
静かに歩く姿が洗練されていてほんとに綺麗で
バレエのレッスンを受けてて歩き方に厳しくて大変だ。なんて愚痴を聞かされたことを思い出した。
黒く染めたらしい漆黒の髪は数日振りに逢った彼をやけに大人びて魅せる。
風で崩れたオールバックのヘアスタイルが何故かかっこいい…
崩れてもかっこいいって……
どうなんだろ?──
・
掛けていたゴーグルを外す仕草、どれ一つを撮っても全てが画になる──
艷やかに微笑むと彼は手を伸ばして満面の笑みをあたしに向けた……
「晶さん…ドン引きした?」
「……──」
彼のこの一言にあたしは思いきり吹き出していた。
普通、ここまで演出すれば
迎えにきたよ! とか
一緒に帰ろう! とか──
決まり文句がありそうなのに──
笑いが止まらずあたしは苦し気に言った。
「二度と忘れらんないくらいドン引きした──っ!」
停止飛行を続けるヘリの音で二人の会話はたぶん周りには聞き取れない。間近で大声で言葉を交わし笑い合う二人を会場中が見つめている…
「ちょっと一仕事してくるから!」
夏希ちゃんはそう言っていつの間にかステージに並んだ芸能人達の間に入りマイクの前に立つ。
「皆さんほろ酔いでお楽しみのところお騒がせしに来ました──花火はもうご覧になりましたか?」
さすがに挨拶慣れしている。
アナウンサー顔負けの場馴れなトークショーに騒然としていた会場は落ち着きを取り戻し、聖夜ワールドに巻き込まれていく──
突然の派手な登場。
招かれざる豪華な芸能人の面々を前に会場は何時しか賑やかに沸き立っていた。
・
ゲリラ奇襲のような番宣はテレビで思いきり派手に生放送され、日本全国に流れる──
まるでドラマチック
地方のテレビ局も聞き付けて会場にはいつの間にかカメラが増えていた──
ステージにいる夏希ちゃん…
いや、藤沢 聖夜をあたしは見つめる。
そのあたしの腕を高槻が掴んだ──
「アイツと知り合い?」
食い入るように見つめてくる…
「あ…うん…あのっ…」
思いきり芸能人として現れた彼を恋人だと紹介していいのだろうか──
「事務所ぐるみでバイト先の喫茶店使ってくれてる…常、連さん…」
こんな遠巻きでいいよね?取りあえずは……
説明しながら戸惑っているのが自分でもわかる…
そんなあたしの肩を誰かが叩いた。
「晶…さん?」
「はい?」
振り返えると楠木さんだった…
・
「晶さんだったのか…」
何かを確認するように呟くと高槻に会釈しながらあたしの肩を掴んだ。
「聖夜が逃げたトラ猫を捕まえに行くって言うから何事かと思ったけど…」
「トラ猫?…逃げた?…」
聞き慣れない単語に疑問を浮かべるあたしを楠木さんは笑いながら見つめている。
「晶さんの荷物はこれかな?」
「はい…」
以下にも帰省者です。みたいな荷物を見つけて楠木さんはそれを手にする。
「取りあえず、カメラが気付く前にここから立ち去るからヘリに乗って…」
「え…」
笑いを交えたゲリラ番宣のトークショーに釘付けになる多恵ちゃん達。
その背中を見つけ、声を掛けようとするあたしを楠木さんは引き摺るようにしてヘリに引っ張っていく。
高槻はその姿を唖然としたまま見送っていた──。
「あと10分くらいで終わるから待ってて」
初めてのヘリに乗り、緊張気味のあたしに楠木さんはいかにも女泣かせの笑顔を向けて言う。
・
「いやあ…まさか晶さんが聖夜の仔猫ちゃんだったとは──裏をかかれたな俺も…」
仔猫ちゃん?
なにそれ?
やられた…なんて呟きながら楠木さんは笑っている。
「今回の番宣はたぶん、すごいいい反響呼ぶよ」
楠木さんはスマホで何やらチェックしながら笑みを浮かべる。
「晶さんのことは報道で流れないようにするから安心して──」
「はい…」
言われるままあたしは頷くしかなかった。
鼻歌なんか歌ったりして何処かしら上機嫌だ──
番宣が上手くいったからだろうか?──
「終わったみたいだな」
楠木さんはステージを見ると離陸の準備を操縦士に促した。
「はあ、真夏に屋外でタキシードなんてやってらんない!」
駆け込んでヘリに乗り込むなり夏希ちゃんは上着を脱いであたしの隣に座った。
愚痴を言いながらあたしと目が合うと夏希ちゃんは脱いだ上着を羽織りのように二人の上に被って覆う。
「楠木さん向こう向いてて…」
「はいはい…好きにしろったく…」
暗い上着の中で呟く夏希ちゃんの息が顔に掛かった……
「……っ…」
柔らかな唇が重なって熱い舌が入り込む──
覆われた暗い上着の中で濡れた音が響きねっとりとした唾液が絡んでいた。
「……なんでアイツと手を繋いでたの?…」
「………」
暗い中で真っ直ぐに見つめられて居るのがわかる。
ヘリの登場に驚いて直ぐに離した筈だったのに見えて居たのだろうか?──
「なんで?…」
「……あ、」
離した唇が動き静かに尋問を繰り返す。
「俺、番宣の為に来たんじゃないよ?…」
「………」
「晶さん迎えにきたついでの番宣だよ?…」
言葉を間に挟みながら見つめては唇を重ねる。
「後でゆっくり聞くから…」
黙ったままのあたしを確めると夏希ちゃんは拐うように深い口付けを送り込んだ……。
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