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なら舞花に稽古つける必要はないってわけだ?
それなら楽だ。
やる気ない奴に教えることほど辛どいものはないから──。
「じゃあ…舞花が今後何言ってきても俺突き放すよ?」
「………テキトーに相手してやれ」
「それがヤバイんだって…アイツ恋人気分でやたら迫ってくるからちょっと線引いとかないと…」
「今、機嫌損ねられて急に役降りられても困る。テキトーに合わせとけ……」
「……俺も結構困ってんだけど?──」
「……吸着女だからな舞花は…」
わかって言ってんなこのチンピラッ?
「ちょろっと相手してやれ。んでサイテー男演じてお前から捨てられたらどうだ?」
「舞花に捨てられる前にうちの虎猫に捨てられる──」
実際、この間捨てられ掛けたんだから末恐ろしいこと言うのやめてくれっ…
「困ったな」
「そんな言葉はほんとに困った顔して言って?」
たく、結局他人事かよ!?
「まあ、迫ってくるだけなら可愛いもんだろ?上手くかわしとけ…取り合えず同じドラマの共演者だ。楠木が舞花の仕事も管理する──舞花との仕事も増えるからそれは頭に置いとけ…」
当然のように言ってのける社長に俺は舌を打って返した。
・
「──…ねえ晶、あたしの意見なんて知れてるでしょ?」
「……ん」
「たぶん、誰に聞いても同じこと言うと思うよ?」
「……ん」
珈琲が苦い…
いや違うな──
多恵ちゃんの言葉を噛み砕いて理解するごとに苦い感情が沸くんであって…
この珈琲はすでに激甘だ。
「晶、砂糖入れすぎ」
「自分で思った」
今朝ホテルから実家に帰って一休みしてからあたしは多恵ちゃんを近所の喫茶店に呼び出していた──
“晶、三年あるから急がなくていい──お前を待たせた分、今度は俺が待つから…”
ホテルで別れ際に言った高槻の言葉が頭の中でリピートする。
色々考えを巡らせた結果、飲まずにただ砂糖を足してはかき混ぜるだけの珈琲は喉に刺さるほどの甘さを蓄えていたわけで──
「噎せて飲めないわ…」
「砂糖、仕入値高いんだよ?そんな無駄にしてっ!」
さすが和菓子屋の娘だ──
店側に立った意見にあたしは面目無く肩を縮めた。
・
仕方なく水を飲みながらあたしは多恵ちゃんの言葉に耳を傾けた。
「ねえ、晶…」
「……」
「三年後って言ったらちょうどあたしら適齢期じゃん、結婚の…」
「うん、そだね…」
たしかにそうだ…
三年したら25歳──
理想の結婚適齢期だ。
こんなあたしを三年の猶予付きで貰うっていうやつはもしかしらアイツしかいないのかも…
正直、付き合ってた頃から高槻と家庭を持つイメージは自然と脳裏に描かれていた。
三人くらいの子供に囲まれて…
なんて、結構具体的に想像してたこともあったし──
夏希ちゃんとは──
まったくと言っていいほど浮かばない……。
てか、全然想像ができなかった。
高槻の実家は不動産業と建築業を兼ねた、この土地では結構大きな会社だ。
地方CMなんかも流してたりで、結構有名だったり──。
不況のさなか建築業も厳しい煽りを受けてる中で、高槻の会社は成長し続けている。
ただ、その無理が祟ったのかもしれない──
高槻のお父さんが去年倒れたって言うのは、不動産業と建築業の新規事業で売り込みを必死に続けて回ったせいなのだろう──
・
バスケ部のキャプテンなんてやるくらいだから、高槻は人の上に立って行ける奴だ。
高槻のお父さんにも似て、頼りがいがある──
結婚する相手に申し分ないし
てか…
恋人ってよりも
高槻は旦那、お父さん、
そんなイメージが強い…
プロポーズされて躊躇う余地がなかった──
「今の役者の彼と先を想像できる?」
「……」
多恵ちゃんは痛いところを真っ直ぐについてくる。
「そもそも、晶が向こうに居る理由ってなに?」
「……」
「最初は失恋。職探しにフラッと地元を離れただけ…」
「……」
「じゃあ、失恋を乗り越えた今は?」
「……」
「コーヒーショップの夢なんてさ、地元で充分叶えられるじゃん?…てか、地元でやった方が間違いなく成功するでしょ?同級生沢山いるんだから…」
「……ごもっともです」
やばい…
多恵子マジックに掛かりそう──
夏希ちゃんと高槻との間の振り子が揺れ、高槻側に大きく傾く…
好きとかいいながら
女ってこんなとき、決まって計算高くなる──
これも野生の本能か?
・
多恵ちゃんと話したらそのまま駅に向かう予定でいたあたしの椅子の足元には帰宅用に纏めた荷物が置かれていた。
「晶から見てその今の彼の将来性ってどんな?」
「──…っ…わからない」
致命的な答えを返してしまった──
「まあ、まだ付き合い始めたばっかりだしね…今はスキスキだけでも居れると思うよ?…三年もあれば状況変わるでしょ?高槻が待つって言ってくれてる訳だし──」
「うん…」
高槻を待たせながらあたしは夏希ちゃんと付き合い続けるのだろうか?
もしかしたら──
三年後は高槻の元に行くことを考えながら……
夏希ちゃんに“好き”なんて言葉を囁いてセックスし続けるのだろうか──
それはサイテイ過ぎる──
一口しか手を付けなかった目の前の激甘珈琲を見つめたまま、あたしはつき出された問題に答えを出すことを怖れていた──
多恵ちゃんはふいに鳴り始めた、携帯を手にして店の外に出て言った。
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