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「聖夜、起きたか?…今夜19時に新ドラのクランクインの発表あるからそのつもりで準備するように」

朝の目覚ましよりも早く楠木さんのそんな電話で起こされた。

19時……

今、朝の8時ですけど?

みたいな…

時間を確認して切った電話を弄りながら枕を抱き締めた…

昨日晶さんに送ったメールに返信がまだ来ない。

「………」

あー…また不安が…


沸いてくる…

「──っ…晶さんいったい何やってんのっ!?…」

独りきりの部屋で声をあげて不安を発散した。

一度目が覚めたらなんだか寝付けずに、取り合えず熱いシャワーを浴びて俺は行動を開始した。

晶さんは今日帰ってくるんだから焦らなくても大丈夫。

自分に言い聞かせながら楠木さんに言われたように、今夜のスケジュールをチェックした。

明日からはいよいよ撮影が始まる。

今後はスタジオでの撮影と京都でのロケを控えてるから晶さんに逢える日がほんとに限られてくる…

できるなら今夜は晶さんと一緒に過ごしたい──


沢山キスして抱き締めて
飽きるほど愛を囁いて──


そんなことを考えながら俺は無駄に広い部屋を眺めた。

「いっそのこと二人で一緒に住もうか──」


そうすれば沢山の時間を一緒に居れる。



また二人で過ごしたようなあの日々が堪能できる──

呟きながら俺は自分の部屋にいる晶さんをイメージしていた。



「お、早いじゃないか?どうした?」

飴色の革張りのゆったりとしたソファに寛いで開いていた新聞から顔を覗かせる。


昼過ぎに事務所に顔を出した俺を見て社長は開口一番にそんな言葉で俺を迎えた。

新橋にある三階建ての自社ビル。ここを社長は自ら“聖夜御殿なんてイヤラシイ名前で呼んでいる──


名前の通り、名子役だった俺の稼ぎで建ったビルだ…

“やっぱエレベータは欲しいな──”


自分の老い先を考えたのか、最近は五階建てのビルが欲しいと俺にねだってくる──

社長は今回の新ドラで大当りを狙っているようだった。。。



「早いのは俺じゃなくて楠木さんだって!朝8時に電話いれてくるんだから勘弁して欲しいよ」

「はは、なるほど…昨夜は何時だった?」

「11時にレッスン終わって舞花の稽古に付き合ってやったたから…帰ったのは1時過ぎかな…」

「舞花の?」

「……やる気ないねあれ…」

「時間食ったな」

社長は俺の言いたいことがわかったようだ。

「10分でも無駄だと思う…素質の前に役者舐めてるよあれは…なんで女優なんかやらせた?」


「……本人の希望だ」

腰掛けたソファの真向かいで社長はそう言って身を前に乗り出した。

「希望?」

納得いかない。

あの時の稽古の姿勢はけして役者希望して挑んでるようには見えない。


府に落ちない表情の俺に社長は白状した。

「舞花はこの業界で食って行こうなんて思ってない」

「なんだそれ?」

「あれはお前のファンだ」

「?……」

「スカウトしたときに俺がお前で釣った」

「は?」

「同じ事務所だから入ったら藤沢聖夜に会えるぞ!てな」

「……」

「オッパイとくびれで売り物になるかと思ったが無理だった……」

「………」

「同じ事務所なのに聖夜に逢えないって騒ぐからな…“あいつは役者だから、グラビアアイドルとの絡みがない、逢いたいなら役者になってあいつとの仕事を獲れ”それが近道だって……」

「……それ、すげー…迷惑…」

「………」

「どうすんの?そんなやる気のない奴ヒロインに選ばれちゃって…」

「気にするな」

平気でいう髭に腹が立つ。

「舞花の演技は要らん。早い話が誰も舞花の演技は求めてない──」

「……」

またまた訳のわからないことをこのチンピラはっ…

「あの脚本はお前の為に創ってある」

「俺の?」

「そうだ……撮影はお前中心でカメラが回る。表情も何もかも、お前中心で物語りは進む──舞花が映るのはお前が触る肌だけだ」

「……?」

「言っただろう?お前が役を受けるかどうか返事待ちだったと──…橘はお前を活かす為にこの物語りを書いた…お前がこの役を断れば脚本はゴミ箱行き──」

「なんでそんなに俺に?……」

「芸術的な物を手掛ける人間てのはいつかは官能的な作品を残したいって思うもんだ…この脚本は橘がずっと懐で暖めてた作品だ──だだ、演じる役者が居なかった。そこにお前が現れた──藤沢 聖夜…子役から順調に育ってきたお前がまだ挑戦していない分野…それはなんだ?」


「……濡れ場」

「そうだ…濡れ場だ。ちゃちいキスシーンじゃない。20歳という年齢で艷のある濡れ場を演じている役者はまだ居ない──お前がそれをやれ」

「………」

「ちゃちいキスシーンじゃないぞ?ペラペラなラブシーンでもない──官能的な濡れ場だ」

「でも舞花があれじゃ…」

「舞花は映らない。カメラは全部お前に向けられる。お前の表情一つで物語りは出来ていく──舞花が下手な演技打ってもお前が食え」

「……ちょ…ちょっと待って」

俺は頭を抱えて膝に視線を落とした。



髭のチンピラの言ってる意味が掴めない…

「要するに…だ、藤壺が戸惑う場面は光の君がその藤壺の表情を見て浮かべる演技をカメラは捉える──」

「──…てことは俺の独演てこと?」

チンピラは頷いた。

「舞花が映るのはほとんど後ろ姿、あと肌。その程度だ…演技力は必要ない。ヘアヌードは抵抗あるが、お前との濡れ場ならあいつは喜んでやる…急きょ決まったドラマだ、舞花に頼むのが一番早い。ってのが、アイツが選ばれた理由だ──」

「ああー…わかった…風間さんが俺にカバーさせるって言ったのはこのことか…」

「そうだ……て、ことはお前にずば抜けた演技力がないと無理だってことだ…」
「………」

「相手がクソのような演技力でもそれを食って自分の物にできるくらいの演技力がないと無理──このドラマが高視聴率を獲れるかはお前に懸かってるからな──」

「………」

「深夜帯で視聴者の対称が大人のお姉さん達になる。子役からやってきてファン層の幅は広いお前だが、どうも大人のお姉様達にはウケがいまいちだ──」

「……──」

ん? なんかムカッとくるな?


「何が悪いか考えたら、お前の役柄自体に恋愛物がなかった…」

「そりゃね確かに…あんま恋愛物のドラマは出てないな」

「そこでだ──ここらでガツッと大人の藤沢 聖夜を魅せてやれ──」

「………」

「スポンサーCMもお前が撮影したばかりの物が流れる。──月曜の22時がお前一色に染まるんだ……──考えたらちょっとキモいな?」

「──自分で企んでてキモい言うな」


「はは、と…まあ、そう言うわけだ。新しい藤沢 聖夜を魅せてやれ──俺の企みはそこだな…わかったか?」

俺は返事の代わりに溜め息で返した。



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あきゅろす。
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