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「…じゃあ、光の君が藤壺の腕を掴まえて迫るシーンからいくから」
台本を片手で持ったまま、俺はそう言って緩く一呼吸吐く。
そして顔を上げた。
「……──」
「……?…何してんの?もう始まってるよ?」
「あ、ごめんっ…急に聖夜の顔付きが変わったから……」
「………」
舞花のこの一言にため息が出た。
役者なら、現場に入れば監督の合図一つで当たり前のように役に入り為りきらなければイケナイ。
せっかく与えられたヒロイン役を“やってやろう!”──
そんな気迫が舞花からは窺えなかった。
「現場に入ったら、間違っても今みたいな発言しない方がいいよ、総スカンくらうから…」
事務所の先輩として、なんか色んな尻拭いが回ってきそうな気がする…
「じゃあ、もう一回やるからこれでやる気見えなかったら稽古は終わりにする」
「わかった…」
舞花は少し落ち込んだ顔を覗かせた。
・
役者として俺に稽古を頼んだ以上──
甘えは許さない。
俺は芝居に関しては鬼だから…。
スキャンダル用のでっち上げ恋人の甘々なままだと思ってるなら大きな間違いだってことを叩き込んでやる。
そんな意地悪な気持ちがふと沸いていた。
「シーン7からね」
再び光の君に為りきる。
目の前には幼き頃に亡くした大好きな母君、桐壺に生き写しの藤壺…
そして我が父君の後妻…
血の繋がりのない若き義母──
亡くした実母の影を重ね慕い続けた思い。そんな光の君の純真な心はある日を境にして少年だった光の君を男に変えた──
離れに偲び込み蝋燭の灯りが漏れる簾(すだれ)の隙間から覗いた父と母の蓐(しとね)…
絡み合う男と女の情交──
それは光の君にとっても鮮烈な光景だった──
母として慕っていた藤壺をいつしか一人の女として見るようになった光の君。
そして…
男の目で自分を追い始めた義理の息子に気付いていた藤壺──
禁断の
逢瀬の始まり
艶やかな夜の幕開けだ…
「……母上…なぜわたしを避けるのですか…」
藤色の衣を翻し、顔を見るなり身を返した母の細腕を絡めとり捕まえた…
・
朧気に雲が游ぎ、綺麗に欠けた月を霞めていく晩。
光の君は腕の中に捕えた母、藤壺を真っ直ぐに見つめた──。
「……あ…、…」
「………──」
俺は捕らえていた舞花の手を離した。
「全然ダメ…話にならないよそれじゃ──」
「──……ごめ、なさ…」
「義理の息子に迫られてんだから思いっきり戸惑わないと禁断の妖しさが伝わらないよ?」
俺に惚れてるのはわかるけど…
藤壺としての表情から“好き”がだだ漏れだ…
俺は溜め息をついた。
「俺と稽古するまえにイメージトレーニングでもした方がいいよ?監督と話し合って、どんなイメージの藤壺を求めてるのか、脚本も読み込んでね…」
俺は帰り支度をしながら舞花を振り返らずに上着を羽織る。
「じゃないと、この役、無理──役者辞めた方がいいよ」
これは本音だ。そうじゃなきゃ本人がこの先泣くことになる──
グラビアだけやって潔く身を引いた方が舞花の為になるのに、なんで女優なんか目指させたんだあの髭チンピラは?
俺にとってかなりでかい疑問だった──
「明日は翌日に控えたクランクインの宣伝だよ?撮影に入ったら後には引けないから気を引き締めないと、同じ事務所の風間さんにも迷惑がかかる…わかってるよね?」
「……っ…」
「風間さんとも濡れ場があるんだから稽古付けてもらうといい。──俺とはその後だね…」
「──…っ待って聖夜!」
事務所を出ようとした俺を舞花が止めた。
・
背中にぴったり張りつく感触…
やたら押し付けてくる雌の柔らかみを背中に感じる。
誘ってるのか?
誘ってるよなどう考えても…
芝居の稽古を盾にして結局の目的がこれだ──
やる気なんかある筈もない。
あるのはこっちの方の“ヤル気”だけ──
「やっ……──」
背中から絡み付いてきた舞花の腕を俺は乱暴に掴んだ。
怯えたフリの顔で期待感溢れた表情が鼻につく。
品のない女はどんなに着飾ってもただの雌だ──
可愛いだけの雌はそこらに腐るほど溢れてる。
「舞花……演技の技術を身に付けな…」
掴んだ腕を強引に引寄せてキスするくらいの勢いで顔を近付けて威圧する。
「まずはそれからだよ、俺とほんとの恋人同士になれるか、なれないかは…」
威圧感に圧された舞花が放心状態で俺の背を見送る。
この程度の演技に飲まれるんじゃ、公私ともに俺のパートナーなんて土台無理な話しだ。
てか、まず間違ってもならないし──
餌を人から貰う飼い慣らされた雌には興味ない。
俺が欲しいのは野生の雌だ──
中々手に入らない
野生の貴重な……
誰かさんみたいに唾を吐きかけたり、ゴミ扱いしてくれたり──
挙げ句、靴を投げてボロクソに罵ってくれるくらいじゃないと、俺の役者人生の成長は止まる。
「晶さんもう帰り着いたかな?」
時計を見れば深夜の1時を回っている──
俺が四六時中、想いを深めてる間──
まさか大好きな人が
元彼の腕の中に居るなんて思いもよらず…
実家に帰って眠りついていることを祈りながら俺はタクシーを拾った。
・
「ねえ、あの二人より戻すかな?」
「あの調子なら戻るだろ?」
夜道の暗がりをほろ酔いになりながら数人で歩く──
三次会のカラオケでお開きになった同窓会。やっとこさ酔い潰してやった酒豪の姿にクラスメイト達は満足しながら渦中の二人を気にかける。
周りがアニソンで大合唱する中、高槻の膝で眠りこけていた晶。高槻は先にカラオケを切り上げて晶を店から連れ出していた──
「高槻君なんて言ったの?」
多恵子は丸山に聞いた。
「晶と結婚したいって」
「それマジばな?」
「うん、三年したらこっちに帰る予定だって言ってた。だから高槻は寄り戻す気満々でいるみたい」
「………そう…じゃあ、晶の今の彼は捨てだな」
「そう、捨て捨て!ははっ二人上手くいったらまた皆でこっちで飲める!多恵子も帰って来たし、皆戻ってくりゃいいんだよ!」
「高槻──!いっそのこと晶に子種植えてこいやー!」
「はは!!それひど──」
「デカデカカップル復活──!」
夜道でそんな叫び声と笑い声が響く──
元恋人同士だった二人が今どこで何をしているのかクラスメイトにはバレバレ。
二人が上手くいくことを願いながら皆は家路へ足を向けていた。
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