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手持ちぶさたからか健兄はカウンターに腰掛けると、天井から何から店の雰囲気を眺めていた。
「注文は決まった?」
「ああ、店のお奨めって何だ?」
「お奨めは和らぎセットで和食と洋食があるよ」
そう言って、ランチメニューとは別の和らぎメニューを見せる。
「ならそれの和食で…」
「了解!」
注文を受けてあたしはメニューを伝票に書き込んだ。
「久し振りですね」
カウンターを仕切るマスターが親しみ浮かべて声を掛けていた。
「この間、来てくれましたよ」
「お?」
マスターはカウンターの向かいの壁に飾った聖夜のサインを指差す。
「へ〜、一人で?…」
「一人で来てあとから楠木さんも来たけど?」
厨房に入ったマスターの代わりにあたしが答えた。
「ああ、楠木とね。聖夜はどうだった?」
「どうって?」
夏希ちゃんが居候してから一度も自宅に帰って来なかった健兄は何かを探るように聞いてくる。
「いや、何もないなら別にいいが…そか、…なんも無かったか…」
「……?」
健兄は何やら語尾を小さく呟いている。
大有りに有ったけど知らせるわけがない──
黙って水を口にした健兄を放置してあたしはホールの仕事を片付けにいった。
・
昼を過ぎ、店も普段の静けさを取り戻す──
健兄はのんびりしながらマスターと色々話し込んで居るようだ。
客の帰った後のテーブルを拭いて椅子の向きを整えるとカウンターの流しであたしはダスター(台拭き)を洗った。
「美味しいでしょ?それ」
「ああ、あまり甘くないし回りのスポンジが美味い!」
和らぎロールケーキを食べてる健兄にあたしは声を掛けていた。
宣言しながら健兄はポケットに右手を入れるとおもむろに席を立つ。
「他にお客居ないからここでいいですよ」
仕草にピンときたマスターがそう促していた。すまん、と詫びの仕草を見せながら健兄は電話に出る。
「おう橘!もう終わったかっ」
相手方に店の場所を説明しながらコーヒーを啜るとその健兄は電話を切っていた。どうやら誰かとここで待ち合わせしていたようだ。
「もう一人くるからテーブル席に移動してもいいかな?」
「いいよ」
あたしはトレーに叔父の飲み掛けのコーヒーとケーキ皿を乗せてテーブル席を準備した。
・
席を移動して、そう待たない内にどうやら待ち人が来たらしい。
窓ガラスから見える外に健兄は手を振り掛けると、その人は店に入ってきた。
「いや、待たせな」
待ち人はそう言いながらテーブル席に着いていた。あたしは水とメニューを用意する。
二人は席に着くなり顔を近付けて話をしている。
あの連れも芸能関係なんだろうか?あたしはそんな事を思いながらテーブルに向かった。
「いらっしゃいませ」
「ああ、晶。コイツにもさっき俺が食べたセットを頼むよ」
「オケ」
注文を伝票に書き込むあたしの全身を、その連れの人は堂々とガン見してくる。
あまりにも堂々とし過ぎててかえって視線が気にならない──
なんとも可笑しな話だ…
「君、手脚長いね〜…顔も小さいし、身長いくつ?」
「170です」
「なるほど、八・五とは言わず、九等身だな!」
「はは、有り難うございますっ、お礼にお冷サービス!」
なんて言って一口分水を継ぎ足したあたしに健兄が吹き出してその連れの人も笑っている。
取り合えず掴みはオッケ!…と言ったところだろうか?
あたしはカウンターに戻るとマスターに注文の品を伝えた…
「なんだかな…」
厨房に引っ込んだマスターの代わりにあたしはカウンターで洗い物をしながら呟く。
自宅マンションに戻った夏希ちゃんと入れ替わりで、喫茶・和らぎを媒介とし、遠巻きながらここでは夏希ちゃんとの繋がりができつつあった。
・
離れてから幾日か経つけど夏希ちゃんからのラブコールは毎日ある。
短期間ではあったけど濃密な時間を過ごしただけに、急に一人に戻るとちょっと淋しい…
しかもあたし、こっちに上京してからは友達らしい友達も居なかったし──
夏希ちゃんじゃないけど、寂しくて死んだらどうしよう…
衝立(ついたて)に隠れたテーブル席では話し込んでいた健兄がまた携帯電話を手に、電話ボックスに駆け込んでいた。
「悪い、あと三人増えるんで席を頼む」
ボックスから出て来るとカウンターまできてそう声を掛ける。
「いいよ、テーブル付けるだけだから」
あたしは隣のテーブル席を移動させて、その席を少し広めにセッティングした。
・
早速入り口でカランと音がなる。
「いらっしゃいませ!」
「ああ、社長が来てる筈なんだけど…」
「──…っ…」
迎えたお客の直ぐ後ろに居た夏希ちゃんに目が点になってしまった。
社長を訪ねる楠木さんともう一人、サングラスを掛けた巻き髪の女性を連れて三人でドア口に立っている。
あたしは健兄の席に案内しながら夏希ちゃんの突き刺さるような視線を背後に感じていた。
水を三人分持っていくと早速ぶーたれた顔の夏希ちゃんが椅子に深く腰掛けて居る。
身体をずらし長い脚を投げ出すように組んで座り、何かしら気に入らないって表情を思いっきり浮かべていた。
先に居た健兄達も楠木さんもその表情を気にかけながら、注文を口にする。
「和らぎセットはまだデキる?」
「はい、ランチメニューじゃないから何時でも提供できます」
「聖夜はセット、和食にするか?洋食か?」
「食う気しなくなった!」
「こらっなんてことっ…」
会話を交した楠木さんは、ぶーたれた夏希ちゃんを叱りながらあたしに詫びるような視線を向けていた。
はは、…いいんだよ
ぶーたれてる理由わかってるから…。
かえってマネージャーに悪く思う。
「やだ聖夜ったら、さっきまで腹減ったって連呼してたじゃんっ」
ちょっと態度の悪い夏希ちゃんに寄り添うように隣の巻き髪の女性が肩を叩いていた…
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