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2P

「……ふ…」

「……?…どした、そのイヤらしい含み笑いは?」


腕を組んで急に笑う俺を見て風間さんは言った。

「足りない演技力は遠慮なくカバーさせてもらおうかと思って…」

「お、…イヤらしいなお前っ…そんな男に育てた覚えないぞ俺はっ?」

「風間さんにはオムツしか替えてもらってないし…」

「だな…」


役者挨拶を促される中、俺の番が回ってくる。

役に対しての意気込みとスタッフやキャスト達へ向けた挨拶。

「今回の役を頂き、橘さんからも事務所の社長からも中途半端なエロは要らないって言われてきたので…」

開口一番で笑いが漏れて場が和む。


「思いっきり濃厚に──

いかせて頂きます。……」

そう言って微笑んだ俺に周りの役者やスタッフが息を飲む表情を見せていた。


風間さんも一瞬だけ驚いた顔を向けて直ぐにニヤリと笑う。

「なるほど、兄貴が今ならイケるって押すわけだ…」

「社長、そんな言ってた?…」

挨拶を済ませて席に着いた俺に風間さんはそうぼやいた。



今ならイケるか…

てか、

これからヤルよ俺──


「ふ……」

たまんねー…──


つい、小さく笑みが漏れる。


ねえ晶さん…


晶さんのお陰でなんだか撮影が楽しみになってきたよ……


できれば思いっきり妬かせてあげたい──

て、いうより妬いて欲しい…


俺より夢中になって


狂って


嫉妬で泣きじゃくって欲しい…


そのくらい愛してもらわなきゃ俺との想いのバランスは到底とること出来ないよ──


こんなひねくれた感情も

すべて含めて


俺の想いを余すことなく受け取って欲しい…







愛しき君へ
募る慕情──

馳せる想いはいずこへか…





もらった台本の中に光の君が想い人を恋しみながら読み上げる、そんな和歌があったのを思い出した。



ヤキモチ妬いて欲しいなんて願いながら…

自分の方が胸を締め付けられていた──



順に挨拶がされていく中、光の君の幼児期を演じる子役。

数々のCMに引っ張りだこの虎太郎が挨拶を終わらせた。

業界で活躍する子役は実に確りしている。四歳の虎太郎は今回、光の君の三歳児の役を演じる為に選ばれた。

殆どが亡き母、桐壺との回想シーンになる為に出番は少ないが、それでも平安のあの暑苦しい衣装を夏場に着て演じるってことはそこらの子供には無理な話だ。

「藤沢さん、少しの出番ですが宜しくお願いします!」

集まりが解散される中、虎太郎はトコトコと俺の傍まできてペコリと頭を提げた。

ほら見てみろ。

他力に甘えず自力で頑張って来たヤツはこんな子供でもしっかり挨拶ができる。
舞花にも見習って欲しいもんだ──

虎太郎はほぼ全員のキャストとスタッフに挨拶を済ませて控え室を出ていった。



「ねえ、聖夜」

「何?」

「あたし今度、化粧品のCMが決まったの」

駐車場を歩く俺の後を着いてきながら舞花が話し掛けてくる。


「よかったね、おめでとう。あと、それと…」


“呼び捨てするな──”


「…それ、と──……」



一度言い争いして晶さんに言われた言葉を思い出した。


あれは結構傷付く…


だから舞花に言うのは気が引ける。

「やっぱいいや…」

「……?」


午前中の仕事を終えて楠木さんが運転する車に俺も舞花も乗り込んでいた。


まだマネージャーの付かない舞花は今朝、社長に局まで送って来てもらったようだ。

「社長は事務所?」

俺は楠木さんに尋ねた。

「ああ、用事があるとかで出掛けた筈──」

「なる」

それだけ聞くと、俺はなるべく舞花と接触しないようにシートに身を沈め、寝た振りを決めた。


色目を使ってくる女は大体気配でわかる──

社長の“経験は肥やし!”その受け売りで据え膳食わぬわ……を実践して今まで気軽に手を出してきたけど……


もう用はないから…


無駄な色恋に時間を割く暇は俺にはない──


悪いけど名前を売りたいなら他の事務所の男にあたって欲しい。


あとで社長にそのことも話付けないとな…。

まだ何かを言いたげな目線の舞花から顔を反らして俺は目を閉じた。




昼を迎えた店内は慌ただしくなりつつあった──

立て続けにドアの開閉を知らせる鐘の音がカラン、コロンと鳴り続ける。

「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞっ」

稼ぎ時の昼だ。一人の客はなるべく一人用の席へと案内しながらあたしは忙しく動き回っていた。


なんだかお尻がスカスカするっ…

素足も露に颯爽と歩き回る脚が風を切る。


冗談だと思っていたマスターの提案。

店のユニホームは八月一日(いっぴ)からデニムのミニスカートに変わっていた。

とりあえずスカートに気を取られている暇はない。席に案内しながらの水の提供にメニュー取りと、流れを掴みながらホールを廻していく。

「すみません。一人なんでカウンターいいですか?」

然り気無く着崩したサマージャケットが、だらしなさよりもお洒落に見せてくれるのは持って生まれたセンスの良さでもあるのだろう…


「あれ?健兄っ…」

ちょい悪風の髭ダンディ。二、三度だけ来たことのある和らぎに叔父の健兄は久し振りに顔を見せた。



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あきゅろす。
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