1P 「やあ、藤沢くん!フラれっぱなしでどうしようかと思ったが助かったよ。やっと承けてくれたな!君に賭けてるから頼むよっ」 陽気に握手を求めてきた脚本家の橘さんの手を握り返して俺も挨拶をした。 今回の新ドラマ 「光の君〜上弦の目眩〜もう一つの源氏物語」 クリスマスまでの放送で正月には二時間半のスペシャルも組まれている。 撮影がお盆過ぎから始まり12月には終了予定。 慌ただしくキャスティングが決まった中、出演者同士の顔合わせの為に俺はテレビ局に足を運んでいた。 「聖夜!」 「……?」 いきなり女の声で呼ばれ肩を叩かれた。 「藍原さん、どうしてここに?」 同じ事務所の後輩。以前、俺がスキャンダルでっち上げの為に恋人役を買った脱グラビア女優の藍原 舞花だ。 「あたしも役をもらえたの!宜しくね」 こらこら、やけに馴れ馴れしい… 呼び捨てもやめろ…と言いたい。 年下でも一応は業界じゃ俺がかなり先輩。ほんの半月の恋人役をやっただけでこの砕けようは正直、中身を疑う… 俺が一線を引いて“さん”付けで呼んでることに気付かないんだろうか? ヤることやった相手だけに、その辺の区切りが出来ないんだろうな… なんか、厄介な相手の恋人役を買ってしまった気がする── ・ 「藍原“さん”俺より先に他のキャストの人達に挨拶した方がいいよ?」 少し嫌味を交えて言ってみた。このタイプは多少あからさまに教えなきゃわからないだろうし… きょとんとした舞花に背を向けてこの場を外れ、俺は新ドラマの控え室へと向かった。 まだ、誰がどの役をヤルかも知らされていない── もちろんその為の挨拶な訳だし。 ただ、舞花が何の役なのか異常に気になる… まだ、恋人発覚のスキャンダルは遠い話じゃない。 ほとぼり冷めたかけた途端に話題作りをすることも考えられる… 社長もよく企む人だし── “事務所の後輩と濃厚ちゅう…” 「………」 晶さん…舞花が同じドラマに出るって知ったらどう思うだろうか? まだ、人の揃わない控え室で俺は自分の名札の置いてある席に座りそんな事を考えていた。 ・ 予定の時間が迫り、配役の役者達がぞろぞろと控え室に顔を見せる。 「お、主役が一番乗りか?さすがだな」 「……やることなくて」 席に座る俺の肩を叩きながら隣に座ったちょい悪オヤジ風の渋目の役者。 風間 省吾 今回は主役の光源氏の父親役を演じることになったらしい。この人とは子役時代からよくドラマの共演をすることが多かった。 「なあ、俺…今回は息子役のお前に後妻を寝取られる役らしいぞ?」 「ははっ…」 なんだか気に入らないと少し拗ねた口調で訴えてくる。 「プライベートで寝取る訳じゃないし、その辺は見逃してよ」 年上だが芸歴は俺の方が半年ほど古い。よって少しくらいは砕けた語りが許される。 ドラマの内容が艶男の繰り返す華麗な女性遍歴を物語とするために、出演者は女優が圧倒的に多い。 「まあ今回は撮影風景もある意味ハーレムだな」 風間さんはニヤニヤして呟いた。 こういう所はうちの社長に似ている。何を隠そう、この人は社長の弟だ… そして俺の事務所の同期。 俺が柔肌も露にゾウさんキャラのオムツを履いて撮影に挑む中、そのオムツを取り換える新米パパさん役でも共演している。 ある意味、業界での俺の父親だな… ・ 名札の置かれた席が埋まっていく中、主役の光の君が慕う母親役の席に舞花が腰掛けた… よく見れば二つ配役された札がある──。 「桐壺…と藤壺……」 俺はその名前を呟いて目を見開いた。 おいおい、マジかよ!? 演技半分素人の女優に配役二つも与えてしかも藤壺なんて主役級じゃん!? 「足りない演技力はお前にカバーさせるらしいぞ兄貴は…まあ、噂の二人だ。ドラマの宣伝にもなるしな…」 何か言いたげな俺の顔がわかったのか、風間さんは口を寄せてボソッとそんな事を仄めかした。 やっぱりやってくれたか… 光の君が幼くして亡くした母親。桐壺、そしてその母親にそっくりな父親の後妻の藤壺役… 主人公が熱烈に恋慕うヒロインだ──。 どうカバーすりゃいいんだよ? 的な疑問が沸き上がる。 なんせお互い、濡れ場のシーンが多い役同士だ。 てか、光の君の役自体が濡れ場だらけだし…… 夜10時以降の放送だから、結構絡みの内容も激しいわけで… 「………」 やばいな… 晶さん、怒るかな…… そう思いつつ でも… 少しくらい 妬いて欲しい── なんて気持ちも俺の中で芽生えてたりして…… [次へ#] [戻る] |