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「今日、お前の様子をみて最終結論を出そうかと思ってたんだがな…
だいぶ前からオファーの来てた役だ──…お前には無理だと思ってずっと断ってた…」
「勝手に決めんなよ」
「いや決めるさ…無理な役をやらせて評判落ちれば今後の俳優業に大きく響く──」
「………ガキの俺には無理って役なわけだ?」
「ああ…まあな──来てたのはコレだ…」
社長はそう言って脚本を見せた。
「源氏物語──…」
タイトルにそう書かれてある。
「ああ、まあ昔でいうポルノだな…その代わり単純なエロではその辺の大衆ポルノと変わらん。それじゃ困る──」
「………」
「源氏物語の主役と言えば数々の浮き名を流した“光源氏”スケコマシだ」
「スケ…っ…」
「いいかえれば艷男(色男)だ──艷だ、艷がないといかん…それこそ台詞を語らずとも表情、仕草だけで滲み溢れる艷!
画面の向こう側の女達を触れず喘がせて逝かせるそのくらいの艷だ!俺が思うのはな。
……それがないとただの安いポルノになる…そこが難しい所だ──
できるかお前に?あ?やってみるか?やれそうか──?」
社長は立て続けに詰問してくる。
・
「役に負けそうなら無理はするな…評判ガタ落ちになる」
「──…っ…」
「その代わり──巧く自分のモノにしてみろ?すごいことになるぞ…
藤沢 聖夜──
名子役の名を塗り替えて一流役者へ華麗な転身!
てな…マスコミは違った面でお前を讃えるだろうな…その代わり落ちたら悲惨だと思え。
──そしてその覚悟がないならこの話は蹴る……お前は引退して専業主夫の夢でも叶えりゃいい。
どうせこの殻を破れなきゃお前は永遠に“元、名子役の藤沢 聖夜”のままだ──
そんなのは内の事務所にも要らんからな──」
「──…っ…」
そう言って真っ直ぐに見据える目。
今のお前に賭けてみる──
要らないといいながらも社長の目は俺にそう語り掛けてくる──。
「ふんっ…いいよ、負けず嫌いだしね俺は──要らないって言われるくらいなら、辞めてくれるなってしがみつくあんたを蹴り捨ててから辞めてやるし──」
「はは、言うな?──まあ、覚悟あるんならいい。先方に承諾の返事を入れとく。カツラを被りやすい様に髪は伸ばしておけよ?あとイメージあるから茶髪も戻しておけ。承けた以上、役作りはもう始まってるからな」
「わかってるよ」
・
ニヤリとした社長を前にして、言い切った後の祭りだった──
「しまった……やられた…っ」
事務所のトイレで頭を抱えてしゃがみ込む…
百戦錬磨の社長に乗せられて思わず承けてしまった。
しょうがない
俺負けず嫌いだし──
「たはっ…」
蹲ったまま頭を抱える。
そういや毎回そうやって社長に唆(そそのか)されてきた自分を思いだして思わず唸り声が漏れた。
俺の返事待ちだったらしいそのドラマは俺の応え一つで早速、撮影が決まる。
勿論、休暇返上──ってやつだ。
晶さんと一緒に過ごせる日が確実に削られたっ!…
「せっかく二人きりだけで過してたのにっ晶さんから離れなきゃいけない……」
力なく切ない溜め息が漏れる……
家主の居ない幸せに満ちたあの家。まるで新婚生活そのものだった──。たった二週間だったけど濃密な時間を過ごしてたお陰かえらく長く居たような錯覚に陥る。
“ほとぼり冷めたら出ていく──”
ほとぼりは冷めてないけど出ていかなきゃいけなくなってしまった…
・
「はあ…離れるの辛いな……」
立ち上がり呟くと洗面の鏡を覗き込んだ。
憂いに佇む男が映る──
切なくて手離したくない恋
今、離れるのは危険な感じがするのはまだまだあの人が自分のものだという確たる証拠、自信がないからだ──。
「野生の虎か…」
確かに言えてる──
自由奔放で掴み所がない
手錠や枷をするのにも命懸け。
なのに俺の心はガッチリと鋭い爪で鷲掴みしてくれている……。
食い込んだ爪で痛みを与えながら柔らかな尾っぽで優しく撫でて俺を翻弄させる……
晶さん……俺、どうしようもないくらい貴女に夢中だよ…
責任とってよねちゃんと──
そう願っても伝わるどころか……
「ただいま」
「あ、おかえ…り…」
俺の夢中になった女性(ひと)は驚いたように俺を見つめた。
「なに?」
元気ないのがわかったかな?
俺の気持ち、少しはわかってくれたかな?
今すごく切ないよ、晶さん…
「……肉は?」
「え──?」
「肉買いに行ってなんで手ぶら?」
「……あっ──!」
しまった──…っ…
慌てる俺を見る顔がみるまに呆れ顔に変わっていく──
「夏希ちゃんて…アホタリン?」
「………」
アホに足りんまでつけてくれる始末だ──
彼女が立っているキッチンでは鍋のお湯が沸騰している。
・
今日の昼は俺の切りすぎた繊切りキャベツを消費する為にしゃぶサラにする予定だったのに──
事務所からの急な呼び出し。
肉を買いに行くという彼女を止めて、
「ついでだから俺が行くよ。冷凍の食材も使い込んだし旨い上等の肉買ってくるからさ」
「うそっ!」
“特選黒毛うしぶた産地原産!”
そう捲し立てて催促するニコニコ顔の彼女に見送られて家を出て来た筈だった──
「帰りつくまでに思い出さなかったの肉のことは?──」
「ちょっと考え事してて…」
「夏希ちゃんて…一つの考え事に夢中になると周り見えないんだ?」
「そうだよ…」
何を言われても責められてる気がする……
「集中あるじゃん、さすが役者さんだね…」
「………」
「で、今度は何考えて夢中になったわけ?」
「………晶さんにじゃん…」
何となく責められてる感に俺の顔付きが拗ねていく。
「あたしの事考えたらお肉を連想しなかった?」
「………ごめん」
「──……ぎゅルルルルル……」
「……ごめっ…」
謝る俺の真ん前で彼女のお腹が激しく唸った。
「──っ…謝る暇あるなら早く買ってこい!!」
腹を空かせた野生の虎は、俺の尻を自慢の長い脚で足蹴りする。
トップスターの俺に対してあり得ない程の酷い仕打ち──
慌てて玄関に向かった俺の後ろ姿をその野生の虎はクスリと微笑んで見送っていた──。
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