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3P

何やら話し込む夏希ちゃんと楠木さんの席にあたしは注文の品を置く。

「ありがとう。……バイト忙しい?」

「ぼちぼちです」

何気に楠木さんから質問されてあたしは普通に返した。

叔父宅で会う度に思うけど毎回この人のあたしを見る目が気になる。

ふと夏希ちゃんを向くと、夏希ちゃんはブルマンの薫りを目を閉じて確かめていた。

夏希ちゃんは、あたし達二人の関係をまだ楠木さんには話していない様だ。

事務所のこともあるし、あたしがバレたら困るなんて言ったからか、楠木さんにも内緒なのは当然か…

「晶さんて22だったよね、歳…」

「はい…?……22ですが──」

なんなんだ?

疑問を浮かべながら答えると楠木さんはありがとう、と一言だけ返した。

状況が読めず然り気無く夏希ちゃんに視線を流しても夏希ちゃんはあくまで興味ない素振りだ。

あたしは伝票を置くとそのまま席を下がった。



「静かで落ち着くけど活気のある店だな… 社長から聞いた?」

そう、確かにこの店は生(活)きてる──

店内をぐるっと見回して、晶さんの後ろ姿に目をやる楠木さんの言葉に俺も頷いた。

「うん。初めて着たけど確かにいいお店だね」

注文を取りにきた晶さんを見る楠木さんの目が少し気にかかって、まさかと怪しんだけど年齢を確認してやっぱりと俺は思った…


楠木さんは俺のマネジャーになる前は腕利きのスカウトマンだった。

なんだか嫌な予感がする…

先々の不安を考える。


「あの子いいと思わない」

「別に…」

何気にそう聞いてくる楠木さんに俺はコーヒーを見つめながらそう返した。

「いや…あの中性的な容貌はウケる。…男の中性は今は溢れてるけど女のあのタイプはまだ出てきてない──世間が今、求めてるタイプだ。22ならまだイケル…社長の家で会う度に毎回思うんだけどなんでうち(事務所)に入れないかな?不思議でしょうがない…」


見る目のない社長のセンスじゃしょうがない。俺はコーヒーを口に含んでカップを置いた。

「俺の仕事の話じゃなかった?」

嫌な予感的中ってやつだ──

俺は話を無理矢理、自分に持っていった。

「ああ、社長の家に居るんだって?」

「うん」

「住み心地はどうだ?」

「ああ、居候だけど何気に快適」

しかも最高。

そしてめちゃくちゃ幸せ──


だから壊さないで欲しい。

俺はそれを切実に願う。




冷静に考えて見ればスカウト歴20年の楠木さんが獲物を見逃す理由はなく──

飾らぬ素材のままで人目を惹き付けてしまう晶さんを楠木さんが気に掛けるのは当然のことだ。

それは一目惚れした俺自身が確信していた筈なのに──。


俺の愛した人は間違いなく天然のダイヤモンド──



でも磨かなくていい


これ以上輝く必要も

人目に晒される必要もない

ひっそりと

他の誰の手垢も付かず俺の傍でただひっそりと輝き続けてくれさえいれば…


「まいったな…」

「ん?」

頭を抱えてテーブルのコーヒーと向かい合った俺の呟きに楠木さんが反応する。

気が狂いそうなほど愛し始めてる人なんだ──




だから誰も獲らないでいて欲しい──


“ここを出ても毎日くるからっ…”

あの時は晶さんを手離したくなくて必死でしがみついてそう言ったけど、毎日なんて到底無理な話。


休暇を終えて仕事が始まってしまえば毎日どころかほんとに滅多に逢えなくなる。

理由もなく社長の家に行けばもちろん社長にもバレてしまうし。


「まいった……」

「……?」

再び同じ言葉を呟いて伏せる俺のつむじを楠木さんは見つめた。



「ところでその唇はどこの猫に咬まれたんだ?まさか社長んとこ抜け出して女のところに行ってないよな?」

「………」

晶さんに激しく咬まれた唇はまだ微かに赤く腫れている。

楠木さんは顔を上げた俺の唇を見ながらアイスコーヒーのストローを口にする。
「あの家離れたらマスコミの餌食だぞ…」

「……」

「若いからしょうがないが少しは我慢しとけ」

「………」

「相手は行きずりの猫か?女関係は当分気をつけろって社長に言われただろ?」

「………」

「何も言わないのが立派な答えだな」

「違うよ…」

「うそつけ…」

行きずりではない…

ちゃんと真剣。

でも猫に咬まれたってのは当たってる……


楠木さんはため息をついた。


「舞花とのほとぼりが冷める前にマスコミが嗅ぎ付けたらどうする?」

「………」

それはわかってるよ
だから俺も色々考えるじゃん…

「舞花がいま、仕事が入ってきてる。女性向けの“チェンジ”って情報誌だ。ちょうど舞花の年齢層からアラサー世代に支持されてる結構人気の雑誌…」

「………」

「上手く行けばいい方向に持っていける…今回の“でっち上げ”が無駄にならなくて済むんだ……少しの間だから控え目にしとけよ…」

「………」

「わかったか?」

「俺、結婚するから」

「……?」

「たぶん、子供デキちゃうと思うし…」

「……前から関係あった女か?避妊しなかったのか?」

飲もうとしていたアイスコーヒーをテーブルに戻して楠木さんは俺を見た。




「関係持って一週間だよ…でも思いっきり中出しした。たぶんデキたよ」

いや、デキたな。
たぶん、確実にデキた…

二回も奥に出したし…。

そのまま飯喰い漁ったし

風呂に入らず二人でベットで抱き合って寝たし……


目が覚めてからベタベタの躰舐めまくったし…


それからようやく一緒にシャワーを浴びた……。


あの日まさしく獣のように朝まで過した──



すごく幸せだった。。。



思い出すと目尻が下がり自然と笑みが浮かぶ。


晶さんの煎れたブルマンの薫りをかぎながら一口飲むとまた、あの日の幸せに包まれた気がした──。

「まだ…はっきりとはわからないんだろ?取り合えず社長には報告して置くから」

「──…」

楠木さんは伝票を手にして席を立った。

「いいよ…社長がなに言っても俺は自分のやりたいようにやるし…」


カップの中で揺れるコーヒーを見つめる。

「………まあ、俺の言うことじゃないからな…社長の判断次第だ。連絡は常に取れるようにしといてくれ」

「わかったよ」

立ち去る楠木さんの背中を見つめる。

冷ますようにブルマンに息を吹き掛けると濃い琥珀色した表面に何層かの波紋が広がっていた──



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