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カラン…と入り口の鐘がなった。

明るいウッド調の店にベンジャミンの植木が安らぎを添える。

長身とまでは言わないものの、つばの広いキャップを被った頭の小ささが、均整の取れたスタイルを引き立て自然と人目を惹き付ける。

八頭身のマネキンのように計算された容貌──


昼を過ぎ、混雑時を抜けて落ち着いた喫茶店。

「和らぎ」にサングラスを掛けたその若い男性客は現れた。

「御注文は御決まりですか?」

「……ブレンドのホットで」

注文を受けてマスターに伝えると慌ててトイレに駆け込み携帯電話を手にした。

先ほどブレンドコーヒーを頼んだ客のジーンズのポケットから軽快な着信音が鳴り出す。


携帯を手にして立ち上がると、男性客は店内の隅の電話ボックスを借りた。

「はい」

「ちょとっ…夏希ちゃん何しにきたの!?偶然だとか面白いこと言わないよね!?」

「…言わないよ」

「……」

「……晶さんの働くとこ見たくて来ちゃった…」

「なっ…“来ちゃった”って……」

「晶さんの煎れたコーヒー飲みたかったんだけど…もうマスターが煎れたみたい」

ボックスから自分の居た席を見れば頼んだブレンドコーヒーが丁度運ばれてきていた。



「そんな焦んなくても店で声かけないから安心して」

そう言って、クスクスと優しい笑い声が電話口から聞こえてくる。

「……わ、かった」

「2時にここでマネジャーと待ち合わせしてるから、二杯目頼んだら晶さん煎れてね」

「うん、だったらブルーマウンテン頼んで…あたし、それ専門で煎れてるから」

「わかった」


そう聞いて、切れた電話を見つめるとあたしはバイトに戻った。

正直焦った──。

まさか夏希ちゃんがここに来るとは思わなかったから。

場所よくわかったな…なんて思ったけどそう言えば今朝、和らぎの生成り色したマッチを眺めてたな…

マネジャーと待ち合わせ…か──

そろそろ仕事、始めるのかな?


短期間の同居人。

恋人の柏木 夏希

人気タレントの芸名 藤沢 聖夜


叔父のマンションで一緒に生活し始めて二週間が過ぎた頃だった──


話し掛けないとは言うものの、しかし気になる…


何となくバイトしてる姿を目で追われてる気がして仕事に集中できない。

いかんいかん、仕事しなきゃな!

そう気合いを入れてカウンターに入った。

昼を過ぎた店内はだいぶ落ち着いてきている。
カウンター内の流しでグラスを洗いながらあたしは常連さんとお喋りを始めた。

「すいません」

テーブル席にいた夏希ちゃんが客らしく呼び掛ける。
さっそく御代わりかと思い伝票を手にしてあたしは席に向かった。



「追加ですか」

あくまで接客。恋人と言えど今はお店のお客様!

そう自分に言い聞かせながら夏希ちゃんに笑顔を向ける。

そんなあたしを夏希ちゃんはサングラスをずらして隙間からジロリと見上げた。
「……?」

「なんか話し過ぎじゃない?カウンターの奴と…」

「は?」


「カウンターのスーツ着た男!」

「……ああ、高田さん?」

「……」


すごいムクレてる…

ムッとした表情を露にしてサングラスを元に戻すと夏希ちゃんは前を向いた。

なんか色々気に入らないって顔してんな〜…


明らかにヤキモチ顔を見せる夏希ちゃんにコソコソと話し掛ける。

「高田さんは常連さんだから愛想良くして当たり前!──取り合えず何か追加する?」


「ん……おすすめ何?」

「甘いの好き?」

「……好き…」

頬杖ついてこちらを見上げたまま見つめてくる。


「好き?ケーキかパフェ?…珈琲ぜんざいもあるよ」

「……」

聞いてるのに答えない。

「ケーキにする?」

「これがいい…」

「………」

カウンターから見えないようにあたしのエプロンの裾を摘まんでいう。

「これは……帰ってからね…」


しょうがないからそう応えてかわすと何故かほんのり赤くなっていた。

自分から言っていっつも赤面する…

夏希ちゃんは中途半端に初やつだな…

取り合えず和らぎ特注のロールケーキをススメてあたしはカウンターに戻った。

カウンターでは今度、店で開く常連さんとのコンペ、ボーリング大会の話題で盛り上がっている。

この、喫茶「和らぎ」が長年常連さんから親しまれている証の交流会でもある。


マスターは高田さんと話しながらもホールの隅のテーブル席に座った初めて見る客を気にしている。

気付いたかな…

ふとそう思って居るとやっぱりマスターは口にした。


「まさかな〜と思うんだけどやっぱりあれだよな?…あの隅のお客さん…」

「え?なにが?」

急に話題を変えたマスターの視線に高田さんも振り返っていた。




「あの、あれだ…晶の親戚んとこのタレント…」

「藤沢聖夜…」


名前がいっこうに出てこない様子のマスターに代わってあたしが言った。

「それだそれっ!」

「マジで!?」

あまりジロジロ見るのも失礼だと思いながら高田さんはチラチラと横目に確認している。

「ここらへん良くくるのかな?来たの初めて?」

「ああ、たぶん初めてだと思う…」

高田さんに聞かれてマスターは応えた。

「やっぱ芸能人だと地味にしててもなんか違うな」

「はは、独特なオーラがあるんだろうな。向こうは晶の顔、知ってるのか?」

「知らないよ、芸能事務所に行ったこともないしまず芸能人自体に合ったこともない」

取り合えず軽くシラをきった。

前回のスキャンダルのせいで叔父宅に身を寄せてることは一応内緒。

一緒に住んでるなんて知れたら大変なことになる。

「色紙あったかな?…晶、サイン貰ってくれるか?」

マスターは棚を探り始めた。

「やっぱないな、はは!普段、芸能人がくるってことないからあるわけないか?──晶、コンビニ走ってくれ」

「サイン欲しいの?」

「ああ、店に飾る。藤沢くらいの人気タレントなら飾って宣伝になるからな」

「…なる…いいよ、お願いしてみる」


子役の頃はよく叔父が──

“うちの聖夜がよくやってくれてる”

なんて実家に帰省する度に口にしてたのは微かに覚えてるけど……

「………」

そういや夏希ちゃん一度だけ健兄に連れられて実家に着たことあったよな?

あたしはふと思い出していた。全てがうろ覚えで微かにしか浮かんでこないが、あたしは昔の実家を思い浮かべていた。

大人になった藤沢聖夜──


やっぱピンとこない

あたしにとっては、夏希ちゃんは夏希ちゃんであって……

芸能人としての藤沢聖夜になんの思いもわかない──

マスターはレジからお金を取り出した。



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あきゅろす。
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