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妄想。
*
活気のない城下町。白く大きな城。その城の小さな窓から恍惚に笑みを浮かべながら街を見下ろしているのは青い瞳と同じ色をした長めの癖の付いた髪を持つ少年。こんなにも美しいと言うのに口にする言葉はあまりにも残酷。

「資金がないなら奪えばいいだろ?愚民どもから。」
「しかしだな…。」

膝を付いた大臣の黒い瞳に焦りと、眉間にシワがひとつ増えた。振り向いた少年は大臣にあからさまな不機嫌な顔を向ける。

「俺の言う通りにすればいいんだよ。この国を治めているのは俺なんだ。」

あまりにも無責任な支配。たった14歳の少年の彼の幼さ故か、はたまたまったく別の理由があるのかは誰にも分からない。
ぐいっと大臣の胸元を掴み上げ無理矢理顔を近付ける。そしてふっと美しい笑みを浮かべた。まるで『逆らうのなら殺してしまうぞ』と脅すようなそれにゾクリと大臣の背中に感情が走る。

「わ……わかった。」
「……ん?」

更に笑みで首を傾げる彼の腕に力が込められる。絶対的な支配力。確かに彼はそれを持っている。

「…わかり、ました。」
「あぁ。分かればいいんだ。」

パッと手を離した彼の満足げな笑み。大臣から興味を外して彼は再び外を眺める。その視線は城下町を越えて海の遥か向こう側を見つめる。遠く遠くの想いを馳せる人へと。

「早く会いたいね。」

クスクスと笑みを浮かべる彼の背中を大臣はただただ見つめていた。恐ろしさと美しさを兼ね揃えたこの国の支配者の背中を。

***

「けしからん!!」
「そう怒りなさんな。アイツも我が儘のひとつやふたつは言いたいんじゃろ。」

話の内容はもちろん青い髪の彼。大臣が怒りを漏らす相手は命令で仕事をしに隣国に行っていた銀髪の召使。

「ひとつやふたつ?私用で海の向こうに行く為の資金を何度国民から奪ったと思っておるのだ!」

怒りをぶちまける相手が間違っている。八つ当たりもいい所だ。召使のため息がひとつ。大臣も大臣だがヤツもヤツだ。何度海の向こうに行けば気が済むのだろうか。
国民も大臣同様──いや、それ以上の怒りを抱いている。

ぼんやりと召使が考えていた思考を遮るのはもちろん大臣。大臣という高い位の相手でなかったら一度黙らせてやりたいくらいだ。

「まぁ、逆らえなかったお前さんもお前さんじゃろ。諦めんしゃい。」

大臣に背中を向けて、召使は気だるそうに歩き始めた。

「なっ…!!待たんか!話がまだ…!」
「もう3時じゃよ。」

ひらひらと手を振りながら振り返る事なく歩いていってしまった召使。3時だと言われれば何が言える訳でもなかった。

***

午後3時──教会の鐘が鳴る時間。ただ彼だけの為に決められた習慣。遠くでゴーン、とエコーが掛かる様な低い音を聞きながら召使は彼の部屋の扉を開いた。

「偉いね。時間通りだ。」

そこには待っていたとばかりに青い髪の彼。嬉しそうに目を細めて、窓から吹き込む風に髪を靡かせて、召使を見つめる。

「買ってきてくれたの?ちゃんと。」
「あぁ。ほれ。」

召使がひとつの袋を彼に手渡す。それを受け取り直ぐに中を確認した少年の表情は素直に綻ぶ。

「じゃあおやつにしようか。」

テーブルの上にあるティーカップに既に用意してあった紅茶を注ぎ始めた彼。その手付きはやはり美しくて、高貴さを漂わせる。

召し使いが持ってきた袋の中から隣国のパンを取り出して見た目が良いように皿の上に伸せて一息、やっと召使は動き出す。座るだけの為に。

おやつの時間は少年にとっての極楽の時間であり、いくら召使だからと言って手出ししてはいけないのだ。それがルール。

彼がティーカップを持ち上げる音がカタリと響く。長いまつ毛が紅茶の湯気に見え隠れして、コクリと喉を紅茶が通る気配。満足げな笑みの彼におもわず召使が困ったような笑みを浮かべた。

「………何?」

それに気付いた彼は不服そうに問い掛ける。

「いや、そうしてると素直に可愛いんじゃなぁって。」
「………黙ってなよ。」

つん、と顔を背けた彼の微かに赤い頬をからかう様にクックッと声を殺したような笑い。
穏やかな空間がそこにはあった。その時間が少年が根は優しい人間なのだという事実を型どっているようで、召使は彼を憎む事など出来なかった。むしろ好意さえ抱いていたかもしれない。

***

「どうした?」
「………。」

しばらくして少年が国民から資金をかき集めて海の向こうの国に遊びに行った。いつもならば向こうに一週間ほど滞在するはずなのだが、今回は余りにも短かった。彼が城から出発して2日しか経っていない。

「なんかあったんか?」
「…………。」

しかも帰ってくるなりこの調子だ。布団に潜り込み顔を見せようとしない。
聞こえたのは微かに鼻を啜るような音。

「…泣いちょるんか?」
「五月蝿い。」

やっと発せられた声は絞り出すような掠れた声。召使の歩く小さな音が響いたかと思えばギシリとベッドに腰掛ける音。

「…何があったんじゃ?」

二度目の問い掛け。静かに、優しく。布団から覗く乱れた髪を指で掬いながら。

「言ってくれんかのう?」

黙ったままの少年。それ以上問い掛けようとしない召使。必然的にその空間は沈黙に包まれる。

せれに耐え兼ねたように小さく小さく呟いたのは少年だった。

「‥……隣国を潰して。」
「…………は?」

召使の瞳が大きく見開かれ揺れる。理由が分からないと。ゆっくり布団から彼が顔を上げて涙で腫れた赤い瞳が露になる。今度ギシリとベッドを鳴らしたのは少年。

「お前は俺の召使なんだろ?………俺の言うこと聞いてよ…‥。」

切実な声だった。召使の胸元に顔を埋めて、強く強く服を握る彼の細い指。命令というには余りにも弱々しい。それはそう、まるで叶わないものに手を伸ばすような──願い。

「分かった。隣国を滅ぼせばいいんじゃな。」

断れる訳がない。何故なら彼の元でだからこそ生きられる召使だから。そしてそれ以上にこんなにも弱い彼を見捨てるなど出来る訳がないから。
理由は聞かない。それが優しさだ。いや、優しさというには残酷なのかもしれない。

召使の瞳が切なげに笑みの形に変わり彼を優しく抱き締めた。小さく震える背中を慰めるように。


そして数日後、大臣に少年は告げた。『隣国を滅ぼせ』と。本格的な命令として。


命令を下す時には既に少年は何時もの笑みを取り戻していた。これでやっと彼が手に入る。その想いが彼の中でふつふつと沸き上がる。

海の向こうの蒼い瞳の彼。優しく可愛い愛しき人。よく合いに行っていたにも関わらず、彼が思うのは隣国の人だった。

嫉妬。

そんなもの少年には分かっていた。しかし、想いは止められない。愛しき人を手に入れたいという願望が、国を破滅へと向かわせるのだ。


命令通りに家来たちが隣国を滅ぼした。少年の嬉しそうな笑い声が王宮に響く。

そんな時間もつかの間、ついに国民達が立ち上がった。多くの人々を引き連れるのはシルバーの髪を持った男。隣国の王の側近だった彼に敵う者などそうそういない。すぐに王宮は囲まれて、家来たちは逃げたした。

「逃げるヤツは追わなくていい!狙うはたった一人の身柄だけだ!」

凛とした男の声が響く。溢れる怒りを剣に込めて、誰より多くの家来たちを斬ってゆく。邪魔をする者は許さない、と。

そして男の横を一人の少年が駆け抜けた。逃げるヤツは追わなくていい。そう言ったのは確かに人々を率いるこの男。しかし見覚えのあるその姿に目を見開いた。

細い銀の一つに結んだ髪。青い瞳。
そう、彼はこの国を治める者の。


召使


自分の国の王を───いや、それより以前に男の想う相手を殺した、……仇。


「…っ!待ちやがれ!!」

追い掛けようとした時だった。男の腕を誰かが引っ張った。反射的に振り向いたそこには丸い眼鏡の男。

「今は逃げるヤツに構っとる時間はないやろ。」
「……そう、だな…。」

悪き仇の顔をこの目で見ながら逃がしてしまう。二度目の出来事に唇を噛む。悪いのは召使ではない。悪いのは全てこの国の支配者。そう思う事で沸き上がる怒りを沈める。折角追い詰めた国民たちの苦しみの元凶を、人々を率いる者として逃がす隙を与えてはならないのだ。


大きな部屋の扉を開くとそこには待っていたとばかりに、一人の少年が立っていた。青い瞳と髪が白い肌に映える。笑みを浮かべている彼はたった14歳の少年とは思えないほど美しく、儚い。

「てめぇだけは許さねぇ。」

少年に向けるは怒りの剣。しかし殺す事は許されない。なぜなら大罪として彼は大衆の前で処刑されなければならないからだ。
くい、と顎を剣で持ち上げ悪き青い瞳を澄んだ水色の瞳で睨み付けた。



むかしむかし、たった14歳の少年は、国を治めていました。しかし少年はあまりにもワガママだったので人々から嫌われて、人々の中から立ち上がったゆうかんな人によってとらえられました。
いつもおやつを食べる3時という時間に少年はついにしょけいされてしまいました。
その時少年はいつものように笑っていいました。

『あぁ、おやつの時間だ。』






歓喜の声が沸き上がる中ひとつの涙がポタリと流れ落ちた。



あきゅろす。
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