29-6 スザクを誘き寄せる基地襲撃班と、彼を囲むための待機班とで別れることになり、あたしはラクシャータさんの補佐をするため待機班の一員となった。 ラクシャータさんの指示で大きな円形の機械がいくつも運ばれる。 場所は式根島、スザクのいる基地からいくらか離れたところだ。 アリ地獄を連想させる、すり鉢状の広い砂地を囲むように円形の機械が置かれていく。 その機械の名前はゲフィオンディスターバー。 ラクシャータさんが言うに、ナイトメアの駆動系を強制的に停止させることができる力場発生装置だそうだ。 起動スイッチは彼女の前に置いている四角柱の機械。 ゲフィオンディスターバーのセットを終え、待機班はランスロットが来た時に備えて姿を潜ませる。 基地がある方角から煙が立ち昇ったのが見え、戦いの始まりを実感する。 「始まったわねぇ」 ラクシャータさんの声は、作戦開始の緊張感を感じさせない、いつも通りの声だった。 「………始まりましたね」 緊張でのどが渇く。 落ち着かなくて、暗青色の帽子をかぶり直す。 スザクに素顔が見られないようにと、ゼロが用意してくれたものだ。 インカムを耳にかけ、待機班のナイトメアに繋がる通信機のスイッチを押す。 「空です。 聞こえますか?」 インカム越しの呼びかけに一番に玉城が応えた。 それに続いて、扇さんや他のメンバーも応えてくれる。 鮮明に聞こえる声に、感度は良好だった。 『目標物、接近します!!』 井上さんの言葉に、あたしはラクシャータさんに目配せする。 少しして、ゼロの乗る無頼が砂地へと飛び降りた。 追いかけるようにランスロットも飛び込む。 速さはランスロットのほうが上だ。 行く先を阻むように無頼の前に着地し、手にする剣を突きつける。 それは、ゼロが考えたシナリオ通りだった。 「捕まえたぁ」 楽しそうに笑い、ラクシャータさんはキセルで起動スイッチを押す。 起動したゲフィオンディスターバーは風を巻き起こし、砂ぼこりが舞い上がる。 電磁波を思わせる圧力が砂地を包むように広がった。 それを見てから、あたしは通信機のスイッチをオンにした。 「起動確認しました」 それを合図に、潜んでいた全員が姿を現して砂地を囲んだ。 合流した襲撃班のカレンや藤堂さん、四聖剣の人達も砂地を囲む。 ランスロットは剣を向けたままピクリとも動かない。 ゲフィオンディスターバーの力場にいるため、動くことができないからだ。 キセルをヒョイッと持ち上げ、指先でもてあそびながらラクシャータさんは呟いた。 「効果範囲も持続時間もまだまだかぁ」 「あの、それってゲフィオンディスターバーが途中で起動しなくなるってことですか?」 不安になるラクシャータさんの独り言に、あたしは思わず小さい声で問いかけた。 「改良を重ねないとね。 安心なさい。 ゼロが降りるの促すから」 その通りなのか、スザクはランスロットからすぐ降りた。 ゼロもそれに続く。 武器を持たないスザクと違い、ゼロは銃口を向けていた。 何か話してる。 声は聞こえないが、スザクがわずかにふらついたのだけは確認できた。 スザクの心を揺さぶる何かをゼロが言ったのだろうか? 仲間にするための説得を、果たしてスザクは聞き入れてくれるのだろうか。 あたしの知っているスザクならきっと。 きっと━━━━心の底から共感できる説得をしなければ無理だろう。 二人の様子を黙って見ていた時、背中に氷を詰められたような悪寒が走った。 反射的に空を見上げる。 「どうしたの?」 ラクシャータさんの問いに何も答えられない。 恐ろしい胸騒ぎがした。 でも、空は澄んだ色をしていて、何かがあるというわけでもない。 「………いえ、なんでもないです」 だけど、胸騒ぎは消えなかった。 気のせいじゃない、きっと何かが起こる。 ゼロとスザクへ視線を戻そうとした時、通信機から声がした。 『接近するミサイルを確認!! 数は無数━━━増えています!!』 その胸騒ぎが本当だと気づいたのは、通信機から聞こえた千葉さんの言葉。 ここにミサイルが向かっていることを知り、急いでゼロ達のほうを見る。 いつの間にか、彼らは砂地ではなくランスロットの中にいた。 「どうして…?!」 疑問が浮かぶ。 その間に、数えきれないミサイルは刻一刻と迫りつつあった。 『全ナイトメア!! 飛来するミサイルに対して弾幕を張れ!! 全弾撃ち尽くしても構わん!!』 全員が接近するミサイルを銃で掃射していく。 やっとあたしは、疑問の答えにたどり着いた。 接近するミサイル。 なぜか動かないランスロットの中にいるスザクとゼロ。 「まさか━━━!!」 胸騒ぎの理由に気づいてしまった。 ミサイルがゼロを狙って撃たれたものだと。 スザクが足止めするために、ゼロをランスロットに押し込んだことを。 気づいて泣きそうになった。 足止めする━━━それは、ゼロを殺すために発射されたミサイルを、スザクも同時に受けるということだ。 きっと、スザクは自分が死ぬことを承知でゼロの足止めをしてるんだろう。 「スザクの馬鹿…!!」 気づけば飛び出していた。 ゼロとスザクをランスロットから引きずり下ろさないと…!! カレンもゼロを助けに、紅蓮弐式で砂地を駆け降りるのが見える。 だけど、ゲフィオンディスターバーの力で強制的に動きが停まる。 カレンがコクピットを降り、ランスロットのほうへと駆けていく。 砂地を滑り落ちている最中、降り注ぐ陽光を何かがさえぎった。 自分のいる一帯に影が落ちる。 坂を滑り降り、地面に着地して空を見上げれば、巨大な航空艦がすぐ上空にいた。 今も掃射を続けている全員の銃弾が当たっているにも関わらず、航空艦は悠々とそこにいる。 よく見れば、緑光を帯びたバリアのようなものが銃弾をはじいていた。 航空艦の底の一部がゆっくりと開く。 砂地にいたからハッキリと見えた。 瞳のようなふたつの輝き。 逃げろ、と自分の中の何かが叫んだ。 頭の中で警鐘がガンガン鳴る。 通信機をオンにし、叫んだ。 「ラクシャータさんッ!! ゲフィオンディスターバーを停止させてください!!」 ランスロットの元へ駆け出した時、腕に衝撃がぶつかった。 凄まじい力はあたしを簡単に吹き飛ばす。 起き上がろうとした時、右腕に異変を感じた。 衝撃がぶつかったほうの腕だ。 赤黒い閃光が雨のように降り注ぐ。 「あ━━━━」 腕の先が燃えるように熱い。 思考が消し飛ぶような激痛が襲う。 「━━━━あああああ!!!!」 自分の右腕がもぎ取られたように消失していた。 赤黒い閃光が視界を全て塗りつぶす。 それが、あたしの最期の記憶だった。 [Back] [*前へ] |