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捜索A

「あれ、あんた」


警視庁に入り、受付で(一応)手続きをしていると、抑揚のない声が掛けられた。この声はよく知っている。まあ我が輩が一度聞いた声を忘れるはずもないのだが。


我が輩は口の中で舌を鳴らす。チ・・ッという小さな音は相手に聞こえたかどうか。無意識なのか意識してなのか・・・・周りに悟られないようにするのは多少のストレスにもなるものだ。


「こんにちは、笹塚刑事、石垣さん」

できるだけにこやかに、穏やかに。


「おい、俺だって刑事だぞ。何で先輩だけ」
「そうだったんですか?てっきり笹塚刑事付きの雑用かと・・・・」
「なんだとぉー!!先輩、何とか言ってやってくださいよ」

「・・・・・・まぁ、似たようなもんだな」


『せんぱぁ〜い』と涙声で縋りつく石垣を払い除けながら寄ってきた笹塚は、今一番会いたくない人間だった。



「どうしたんだ」

トカゲのような虚ろな瞳、それに光が灯るところを見ることは少ない。

「ああ、先生がこちらにいらしたようなので」
「弥子ちゃん・・・来てるのか?」


一瞬緩んだ笹塚の表情に眉が寄る。先程までの苛々がまたぶり返して来た。こいつは前々から気に入らない。


弥子は我が輩のものであって、貴様が軽々しく触れていいものではない。



「どうも筐口さんにご用がおありのようで・・・・・」


貴様に会いに来たのではないと、案に言ってやる。どれだけ分かっているのかは表情では判別できないが・・・・。


「筐口に?」


我々と筐口の関係を知らない者達は、それなりの不自然さを感じるようだ。少し考え込む様に手をあてて・・・。


「案内するよ」
「はい?」


俄かには信じられん言葉が投げかけられた。


「いえ、笹塚刑事もお仕事があるでしょう」


正直係わってくれるな・・・と言いたいが、こいつは警察との繋がりの一端を担っている。無碍にはできない。


「いや、俺も弥子ちゃんの顔、見たいしさ」


本日2度目(こんな短時間で)の耳を疑う言葉。笹塚はこんなにも直球で話をしてくる奴だっただろうか(特に我が輩に対して)


「こっち」

我が輩の返事も聞かずすたすたと歩き出す笹塚は、先程の我が輩よろしく心なしか足取りも軽い。・・・・・その姿にまたもや嫌悪感。

・・・・・というより違和感か?


仕方なく後ろを付いて歩き(石垣は用事を言いつけられて、泣きながら走り去った)辿り着いたエレベーター。


クイと顎で入る様に促されて、2メートル四方の箱の中へ。閉ざされた空間に男と・・・ましてや嫌悪している男と一緒に居なければならないという事は耐えがたい。

事務所のビルのそれとは違い、スピードはあるのに静かで揺れの無い箱は、確実に階を上がっていく。



「あのさ・・・」


我が輩に背を向けたまま扉の前に立つ笹塚との会話はなく、少し長めの沈黙が続いた。もう少しで目的の階に着こうという頃、不意に声がかかった。


「何でしょう?」


今日は珍しいことばかり起きるな・・・とぼんやりと考えながら半分うわの空で返事をすると、今度は答えに窮する問題を投げかけられた。


「あんたは弥子ちゃんの何なんだ?」


別にその答えに迷った訳ではない。笹塚から直接その言葉を聞いたのに多少ならず戸惑いがあったのだ。

相変わらず、背中を向けたままの笹塚の表情を見ることはできない。


「どういう意味でしょう」


貴様の言っている事は分らん。・・・・いや、分かっている、と思う。


「そのままの意味だけど?」

ゆっくりと振り向いた笹塚は『男の表情』をしていると言ったほうが一番しっくりくるだろう。

「わかってんだろ」


弥子の周りに居る男達が、皆弥子に『特別な想い』を持っている事は知っている。

それは『友情』か『愛情』か・・・・『恋情』か。

我が輩に対抗しようというのか・・・人間風情が。


「僕は、先生の忠実な部下ですよ」

「あんたにとって弥子ちゃんは」

「とても大切な方です。尊敬しています」

「・・・そんけい・・ね」


静かなにらみ合いが続く、今日の笹塚はいつもとは違う?・・・・いや、違わない。

この男の特別な想いは、弥子に対する『恋情』だ。


それが分かっているからこそ、我が輩は・・・お互いに・・。



ポーンと音が鳴り、目的の階に着いた。足を進める我が輩と反対に、笹塚の足は動かない。


「この先の突き当たりだから」
「ありがとうございます」

弥子に会いたいと言ったのは口実か?





「ネウロ」


歩きだした我が輩の背中にかかる声。そう言えば名を呼ばれることはほとんどなかったな・・・・。


「はい?」

足を止めずに、微かに振り返る。





「今度こそ、奪ってみせる」



閉まりかけたエレベーターの向こうから、確かにそう聞こえた。


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