落花流水 10 「榮植様?」 見つめたまま何かを考え込んでいる様子の榮植に幼く少し高い声がかかる。 成花は榮植の両肩に手を置き、微笑んだままその顔を覗き込んだ。 清らかな藍の瞳はいつも潤んだように濡れていて、赤い唇は紅をひいた女のそれよりも艶やかだ。 誘われるように唇を合わせた榮植に、成花もそっと目を閉じる。 「成花、難しい本も読めるようになったらお前の為に書庫を建ててやろう。 他国からの珍しい本も揃えてやる」 吸ったせいで更に赤みを増した唇を指でなぞりながらそう言う榮植に、戸惑ったように成花は瞬きをして。 「書庫など、必要ありません。 王宮にある本だけでも読み終えるのに一生かかってしまいそうです」 「お前は本当に欲がないな。 ならば何か俺に頼みはないか? お前の望みならばなんでも叶えてやるぞ」 いつも以上に優しい榮植の声音に成花はくすりと笑う。 そうだ。 いつも、いつも榮植はヤサシイ・・・・・・? 微かに頭痛を感じて、成花は額を押さえた。 「どうした? 成花」 「いえ・・・・、なんでもありません。 あ、望みはあります。 聞いてくださいますか?」 靄がかかったような頭を軽く振って、成花はこんなに身分も低く賤しい者を慈しんでくれる皇帝に甘えた仕草で抱きついた。 「外庭に出ることを許してください。 私、あのお庭がとても好きなんです」 「そんなことか。 もっと願うならば宝石や着物もあるだろうに」 そんなものには興味がない成花を知っていながら榮植は溜息をつく振りをする。 くすくすと鈴を転がすような成花の笑い声が心地良く耳に響く。 榮植は落とさないようにしっかりと成花を腕に抱いたまま長椅子から立ち上がり、後ろにいた慶那に声をかけた。 「外庭に出る」 「・・・・・行って、らっしゃいませ。 陛下」 どこか暗い慶那の表情に成花は榮植の腕に抱き上げられたまま首を傾げた。 そんな幼い成花の仕草に、慶那は泣きそうなほど顔を歪める。 「慶那さん・・・・? どこか痛いのですか?」 「成花、慶那も疲れているのだよ。 了准は女官にも厳しいからな」 そう言われると、そうかと思えて成花はくすりと笑みを零し。 「明日はもう怒られないように頑張るから。 慶那さん」 「怒られたのか? 了准に?」 歩きだした榮植の首に抱きついたまま成花は小さく首を振った。 「いいえ、もう少し頑張りましょうって言われただけです。 私は覚えが遅いから」 「宇壬は覚えが早いと言っていたぞ。 了准ではやはり駄目か・・・・」 「いいえ! そんなことは。 まだ慣れていないから、少し緊張してしまったんです。 だから」 抱きついていた首から腕を緩め、榮植を顔を見ると顰めていた顔がふっと和らいだ。 「分かった分かった。 そんなに怖い顔をせずとも、了准を罰したりはしないから安心しろ」 稜宮の前庭を抜け、進むと現れる外庭に昨日と同じように白木蓮の木が出迎えてくれる。 夕餉の時間もまじかで、少し薄暗くなった庭は美しくもどこか寂寥としていて、知らず成花は榮植にぎゅっと抱きついた。 靴を履いてきていない成花を降ろすわけにはいかず、榮植は抱き上げたまま庭を進む。 白木蓮を通り過ぎ、花の回廊を通り抜けると人工的に作られた小さな滝が現れた。 「滝! 榮植様、滝があります」 驚いて目を瞠った成花に目を細めて笑った榮植はその滝の前に立ち、成花は水の流れに手を伸ばした。 「冷たい、でもとても気持ちがいいです」 成花の背丈よりも高い位置から流れる水は冷たく、だが心地良く流れていく。 手の平から腕を伝う水に微笑んだ成花の頬に唇を押し当て、それに顔を上げると榮植に接吻される。 「榮植様・・・・・」 濡れた手を榮植の首に回し、肩口に顔を埋めた成花を愛しげに見下ろし榮植は口元を笑みで模った。 やはり、もっと早くにこうしておけば良かったと思いながら。 「あ・・・・。 今日はもういらっしゃらないのですね。 汪嗣さん」 不意に辺りを見回した成花に榮植の表情が変わる。 だがそれに気付かず成花は残念そうに溜息を吐いた。 「また、花の名前を教えていただきたかったのに・・・・」 「花の名前を知りたいのか? それだけか?」 どこかきつい声音に驚いて榮植を見上げ、成花は不思議に思いながらも頷いた。 「昨日、あの木が白木蓮というのだと教えていただいたのです。 私の村にもあったのに、名前も知らなくて」 そしてこの庭には成花が見たこともない知らない花がたくさんある。 それらがなんという花なのか知りたいという成花にくっと苦笑を漏らし、榮植は白い頬に口付けた。 「そうか。 ならば勉強したいことが増えたな。 明日からは了准とは別に庭師にも習うといい」 「本当に? 嬉しい!」 心底嬉しそうに笑った成花を眩しそうに見つめ、榮植はその小さな身体を強く抱き締めた。 「あっ・・・・ぅ! 榮植様っ・・・・・」 その日榮植は孔真宮には戻らず、稜宮の寝所で成花を組み伏した。 元々ここは皇帝の最も寵愛する貴妃が住まう宮なのだ。 どちらで抱くとも問題はない。 だが成花は酷く恥ずかしがり、身体を羞恥に赤く染める。 いつもは孔真宮の寝所でしかこうした行為に及んだことがない。 いつもと違うのが、成花には酷く気恥ずかしかった。 「榮植様・・・・・・っ」 白い敷布に横たわった成花の上にのし上がり、着ていた夜着を剥ぎ取った榮植が染み一つない白い肌に己の跡を残してゆく。 肌を吸い上げられる感触にぞくりと腰が震え、すでに幼いそこは雫を垂らしてたちあがっている。 「成花・・・・・・」 低く囁かれた声に情欲の色を感じ取って、成花は覆いかぶさる榮植を見上げた。 熱い何かをその瞳に湛えて、食い入るように見下ろす榮植の眼差しに成花の身体も燃立つ。 「榮植様・・・・・あっ」 滴り落ちる雫を掬いとるように指がなぞり、成花のそれを刺激した。 榮植の長い指が小さな陰茎に絡まり、やわやわと扱き始めると足先にまで痺れが走る。 「やっ・・・! そんなに・・・したらっ」 「果ててしまうか? 成花」 「うっ・・・・、やぁっ・・・・」 射精を促すように榮植の指が動き、堪らず成花は白濁とした液を迸らせた。 「は・・・・んっ・・・・」 成花が腹と榮植の手に撒き散らしたそれを掬い上げ、榮植は慎ましく窄んだ窪みに塗りつける。 そうしながらも成花の頬や唇、首筋に口付けを落とす榮植に快感に潤んだ眼差しを向けると、ぎゅっと強く抱き締められた。 「成花・・・・俺を愛しているか?」 どこか苦しげに囁いた声に、成花は微笑んで答えようとした。 だが、声が咽喉に引っかかり胸が苦しくなる。 「あ・・・・い、・・・て・・・」 「成花」 「あ・・・・っ、んんっ」 唾を何度も飲み込み、成花は榮植が望む言葉を発しようと大きく息を吸い込み。 「愛・して、います・・・・榮植様・・・・・」 その途端、夕方に感じた頭痛と、頭に靄がかかるような感覚がして成花の瞳に知らず涙が浮かぶ。 「何故、泣く」 眦を伝って流れた涙を拭い、榮植はだが答えを聞きたくないといったように成花の唇を己の唇で塞ぎ、漏らした吐息さえも奪うように深く口付けた。 「ああっ・・・・・」 ぐっと蕾を押し広げ、榮植の太い幹が入り込んできた衝撃に成花が身体を反らす。 その身体を抱きとめて最奥まで貫き、成花の息が整うのを待たずに律動を始めた。 「やっ・・・・・! 痛いっ」 「成花・・・、成花・・・・・」 簡単に慣らされただけの後ろは凶器のような質量のそれに痛みを覚える。 だがそれも一時のことで、成花はすぐに快感の波に飲み込まれていく。 絶頂に押し上げられ弾けた脳裏に浮かんだのは、だが目の前にいる愛しいはずの皇帝ではなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |