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勿忘草
5



高校時代を思い返すと、懐かしい思い出と共に思い浮かぶ奴がいる。
教室の片隅で本を開いている姿や、退屈な授業でも真面目に黒板を見つめている姿。
体育の時間にはあまり体力のないあいつをいつも勝手に心配していた。
どこか現実味が薄くて浮世離れしたその存在感に知らず知らずのうちに引き込まれ、近づきたいと思いながらも照れ臭さが先に立って行動に移すことは出来なかった。
物静かで大人しいあいつと、いつも煩いメンバーに囲まれている俺とでは接点もなく。
同じクラスにいたのにほとんど口を聞いたことすらない。
いつも俺は遠くから見つめているだけしか出来ず、あいつに近寄る奴ら全てを敵視して1人悶々とした夜を過ごすことも多かった。
それを恋だと自覚しないままに俺はあいつの存在を酷く気にしていた。
自分だけが気にしているようで、自分だけが苦しんでいるように思えてあいつを憎らしく思ったこともある。
同性のあいつを気にかけ、あいつの一挙一動に反応してしまう自分のその気持ちが異性に感じる恋愛感情と酷く酷似していると知ったのは、悪友の視線の先に気付いた時だった。
矢部が熱を孕んだ眼差しで見つめているのがあいつだと気付いた時、俺は見るなと、あいつを見てもいいのは俺だけだと矢部を殴り殺したいほどの衝動を感じたのをよく覚えている。
それをどうにか堪え、俺は矢部と2人きりになった時こう言った。
『お前いつも久山を見つめてるよな。 もしかしてホモ? やめてくれよな、気持ち悪い』
人の目を気にするタイプだった矢部はそれきり久山を見ることはなくなった。
心の底では諦めてはいなかったのかもしれないが、俺が気付いたという事は他の奴らにも気付かれる恐れがあると分かったのだろう。
俺は矢部があいつを見なくなったことに安心しながらも、同時に己の身のうちに巣食うあいつへの執着に怯えていた。
こんなのは異常だ、おかしいとそう何度も思って。
それでもあいつへと全神経が集中してしまうのを止められなかった。
怖ろしくて、普通と違うことが許せなくて色んな女と付き合った。
そうすればあいつへのこの異常な想いも薄れると思い込んで、夢中で女を抱いた。
だが女を抱いている最中にもあいつは現れて、抱いている女があいつのように思えて、昇りつめる時いつも浮かぶのはあいつの名前だった。
世の中には男に欲情する男もいるとは当然知っていた、あいつを知るまでは気持ちが悪い変態だと思っていたのに、まさか自分がそうだとは認めたくなくて結局高校を卒業するまであいつの傍に近づくことは出来なかった。
そのうちあいつの面影も薄れていくだろうと、そう思っていた。
思い出としてああそんな奴もいたなと、懐かしく思い返す程度になるだろうと思っていた。
だがあいつの面影は薄れるどころか月日を追うごとに鮮明さを増し、いつも心の片隅にはあいつが住み着いていた。
忘れたくても忘れられず、心から追い出したくてもあいつは出て行ってはくれなかった。
そしていつしか俺は心に決めていた。
あいつに再会したら、今度こそ気持ちを伝えようと。
高校時代には言えなかった言葉を伝え、あいつの傍に行こう。
もしあいつが嫌がったとしても、必ず手に入れてやる。
俺はあいつの就職先を調べ、それが広告代理店であることにほくそ笑みながらあいつが俺の元へ来る日をずっと待っていた。
晶、俺はずっと待っていたんだ。
お前の近くにいられる日を、一番近くでお前を見つめられる日を。
だが再会したその日、酔いつぶれた晶が口にしたのは「想っても無駄なのに、どうしても忘れられない人がいる」という言葉だった。
好きな奴はいないのかという俺の問いにあいつはそう答え、どこか寂しそうに微笑んだ。
晶にそんな顔をさせる奴がいる、男なのか女なのかも分からなかったが俺はそいつが憎くて、同時に酷く羨ましくて堪らなかった。
人を殺してやりたいと思うのは、いつもこんな時だ。
何かに腹が立っても、誰かを憎らしく思っても殺したいとまでは思わない。
目の前から消えて欲しいと思いこそすれ、自分の手で絞め殺したいなどとは思わない。
だが晶に関してだけは、理性など意味がなかった。
晶の心に住み着いている誰かが、晶にそんな顔をさせられる誰かが酷く憎くて、嫉妬で息が詰まる。
憎悪だけで人が殺せたとしたら、俺は今までに何人殺しているだろう。
そして酔って眠ってしまった晶を自分のマンションに連れ帰り、朦朧としているあいつを抱いた。
忘れられない相手がいたとしても、忘れさせてやる。
そんな相手が薄れるくらい抱いて、いつか全てを手にいれる。
他の誰かが入り込む隙もないくらいに、一番近くに居ればいい、例え心が手に入らなくても今更だ。
そう思って、卑怯だと分かっていながら無理矢理抱いた。
快感に弱いのか元々敏感なのか少しの愛撫で晶は反応を見せ、腰を揺らせて縋りついてくる。
だが晶は俺の背中に腕を回し「雅春・・・・・・・」と、微かな溜息と共に他の男の名前を呟いた。




不機嫌、というよりどこか怒りを含んだ表情のまま隆行がこちらへと向かってくるのに晶は目を瞬かせ、思わずごくりと咽喉を鳴らした。
身体全体で威圧感を露にして隆行は晶と雅春の前に立ち、そして晶の腕を掴むときつく雅春をにらみつけた。
「あんた誰だ、こいつに何の用だ。 会社の奴じゃないよな」
低く唸るようにそう言った隆行に知らず身体を引くと、指が食い込むほどに腕を握り締められた。
「大学の先輩だよ、偶然ここで会ったんだ。 お前こそここで何をしてるんだ」
言い訳するように早口になってしまう自分を感じながら、晶は今にも雅春に殴りかかりそうな形相をしている隆行を諌めるように見上げた。
「帰るぞ」
だが隆行はもう一度雅春を脅すように鋭く睨みつけ、踵を返すと晶の腕を掴んだまま歩きだした。
引き摺られるようにして歩きながら晶は雅春を振り返ると、困ったように微笑んで手を振っている雅春へぎこちなく笑みを返し口を開いた。
「久しぶりに会えて嬉しかった。 そのうち・・・連絡するから、雅春」
「・・・・・・・・・雅春、だと?」
だが晶が雅春に声を掛けた途端ピクリと顔を引き攣らせ、隆行は立ち止まり後ろを振り返った。
雅春の顔をしばらく凝視して、隆行は音を鳴るほどに奥歯を噛み締め酷く憎々しげに雅春を見据える。
そんな隆行の様子に戸惑いながら晶が身じろぐと、ハッと我に返ったように晶の顔を見て隆行は舌を打ち鳴らした。
「なんでもない、行くぞ」
晶の肩を抱き寄せ、隆行はまるで逃げるようにその場を後にした。
隆行と10年振りに再会したと思ったら今度は雅春とも再会し、困惑していた晶は隆行に急かされるままに足を速めた。
肩をきつく掴んだ隆行を見上げると、夜目にも酷く苛立っているのが分かる。
真っ直ぐに前を見詰めどこか引き攣ったその表情に知らず溜息が漏れ、そんな晶にまた苛立ったのか肩を掴む指先に力が込められた。
そして隆行は無言のまま近くに停めてあった車に晶を押し込め、運転席に座ると苛立ちのまま勢いよくアクセルを踏み込む。
機嫌が悪く何かに怒っているらしい隆行に声を掛けることも躊躇され、晶は流れる景色を眺めながらまた小さく溜息を漏らした。




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