BL小説「虜」 愛せなかった男と愛されなかった女 妻であったアデリアーデを廃する事にした皇帝の心にあった一つの思い。 それは、少しの後悔だ。 しかし、皇帝はアデリアーデを廃位した事を後悔している訳ではない。 もはや、アデリアーデという女は、国にとって、猛毒にしかならない。 その毒素は、質が悪く、人を腐らせる。 故に、廃位を決めたのだ。 これ以上、アデリアーデが放つ毒をまき散らさない為に。 だが、皇帝は自分の愛情を欲するアデリアーデから逃げ続け、まともに向き合う事をしなかった事を後悔している。 アデリアーデは、貴方を愛していると、皇帝に向けて、そう言い続けていた。 だが、決して皇帝はそれを受け止めなかった。 過去を忘れ、アデリアーデを愛していれば、廃位なんて結果にはならなかっただろう。 アデリアーデは、ただ皇帝からの愛を欲していたのだ。 その望みが叶えば、毒を持つ事はなかったかもしれない。 だが、駄目なのだ。 どんなに、アデリアーデを愛そうとしても、愛せなかったのだ。 皇帝の心の中には、今もまだ忘れられない存在がいる。 目を閉じれば、思い出される愛おしい笑顔。 愛おしくて、愛おしくて、手からすり抜けた温もりを皇帝は、今も忘れられずにいる。 未だに、その優しく、甘い声音は耳に残っている。 皇帝にとって、不遇だった皇太子の頃、その哀しみや悩みを共有し、支えてくれた数少ない、何にも代え難い大切な存在だった。 それは生涯、最初で最後の愛。 生きている者は死者には勝てない。 だからこそ、アデリアーデは、自ら猛毒になる事を選んだのだ。 愛を与えてくれないならと、歪んだ考えを持ってしまった。 だが、結果的には、その考えが自分の首を絞めた。 アデリアーデは、愛されない上に、妻の座すら失った。 妻を愛せなかった皇帝が悪いのか、愛されない事に、自暴自棄になり、自ら猛毒に身を落としたアデリアーデが悪いのか。 それは、今の時代に生きる人間には判断が付かない事だろう。 判断が出来るのは、後世の人間達だろう。 だが、この時、皇帝は知らなかった。 皇太子と太皇太后が交わした密約。 それは、一つの終わりを示していた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |