[携帯モード] [URL送信]

BL小説「虜」
3
彼以外の人の気配の無い水辺。

「はぁ……」
彼は思わず、溜息を吐き出した。


あの衝撃的な光景を目の当たりにしてから、幾度も彼は泉に、足を運んでいた。
あの光景が頭から離れず、あの人物の慈愛に満ちた表情が、頭から離れなかったからだ。




「私は…何がしたいのだろうな…」

今の自分は自分らしくないと、彼は思った。



あの瞬間を思い出すだけで、得体の知れない感覚が身体を支配していると感じた。



だが、本当に美しい光景だった。



あれ程の慈愛を他に向ける人間を彼は、今まで見た事が無かった。


生まれを否定された哀れな皇子。


影で、自分がそう呼ばれている事を彼は知っている。




欺瞞と打算に満ちて、虚飾で彩られた毎日。


常に、完璧でなければ許されず、だからこそ、彼は真の安らぎを感じた事など、一度も無い。



母親ですら、自分に全く、似ていない息子を今では疎んでさえいる。

「お前は、不思議な程に、お義父様に似ている。ねぇ、分かる?そのせいで、この母は不貞を犯したと、そう陰口を言われてきたのよっ!!」

孫が祖父に似ただけ。

と、片付けるには、祖父の悪癖は小さな問題ではなかった。


彼は父親からも、母親からも、必要とされていない。


だが、今やその事に、傷つくほど、彼は弱くない。



いつしか、与えられない愛情を渇望する事もなく、彼は孤独な道を歩む覚悟を決めていた。




彼の名は、ゼルフィード。

今は誰も呼ばない。

その名前。





[*前へ][次へ#]

8/14ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!