Honey Flower(本編+SS)
2
絶対におかしい。
深夜。
俺はキーボードを打つ手を止めて、目だけで、ちらっとベッドを振り返った。
ベッドには、俺が一生分の覚悟を決めて購入したモノが横たわっている。
シーツにくるまって、無防備に白い腕と脚を伸ばしている、それは『花』。
『花』と呼ばれる生体ドール。
生きた人形だ。
見かけは、十三、四才の少年のような姿をしている。
(寝てるんだから、近づいても良いか)
デスクを離れて、ベッドに近づく。
細い茶色の髪が、頬にかかっている。
長い睫に縁取られた目は閉じられている。
一度しか見ていないが、目はぱっと見ると黒で、実のところは濃い緑色をしていた。
桜色の唇が少し開いて、規則正しい寝息を漏らしている。
――三日の間に『月下香』がお客様に興味を持たなければ、回収させていただきます。
『花』の作者、都真博士の助手・ソウという子が、可愛い笑顔で、ざっくりと言い放った宣告。
ベッドに腰を置いて、月下香の寝顔を眺める。
解凍した時は確かに自分の足で歩き、俺の元へ歩いてきた。
「貴方が、僕のご主人様?」
桜色の唇は、開口一番そう言った。
緑の目を、一直線に、俺に向けて。
まぶたは直後に閉じられた。
その後はこの調子で、ずっと眠っている。
一目見て、眠りに入ってしまうなんて。
(俺のことが気に入らなかったんだろうか?)
ちょっと切ない。
月下香を作ってもらうまでに、ずいぶん待った。
プロフィールを送って、都真博士に会って、希望を伝えてOKをもらって。
とても、友人に言える金の使い方とは言えなかった。
それでも、『花』が欲しかった。
(三日か)
夜が明ければ、三日目が始まる。
明日、月下香が俺に触れて来なければ、都真博士が回収に来る。
寝息を立てる月下香を振り返る。
(触れたい)
だが、約束事を破れば、三日を待たずして、即回収だ。
切なすぎる。
目の前にいても触れられない三日間を、他のユーザーはどうやってやり過ごしているのだろう。
まして、俺を見つめもしない月下香に、どうやって興味を抱かせたら良いんだ?
どうせ回収されるなら、この場で襲ってやろうか。
やけっぱちじみた考えが過ぎるようになってきた。
末期じゃないだろうか。
いや、どうだろう。
最初から俺はおかしかったのだ。
そうでなければ『花』を求めるなんて愚行には走らなかった。
その愚行にすらしがみつかなければ、もう息をしていなかったかもしれなかった。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!