Honey Flower(本編+SS) 18 銀砂のことを考えていて、廊下を歩いている都真に気づかなかった。 白衣を着て、手に鞄を持っている。 「出かけるの?」 空いた手が、僕の頬と首筋に触れた。 「ああ。熱はなさそうだが。どうした? 何か心配なことでもあるのか? あ、雲英のやつが菫をおまえに預けてることか?」 一人でどんどん話を展開させていく都真に、口をはさむ暇がなくて、僕はふるふると首を横に振った。 心配なことなんてないし、菫は邪魔じゃない。 「あのね、都真。会ってほしい人がいるんだよ。今、店に来てくれてて―― んっ…!?」 話の途中で、キスされた。 軽く、じゃなくて、廊下の壁に背中を押しつけられて、僕の口の中にずいと入りこんでくる。 困る。 銀砂が待っているのに。 (…それに、ここのところ都真忙しかったから…こんなふうに触られたら…困る) 都真の白衣の胸元を押し戻すんだけど、全然かなわなくて。 その手のひらの力も奪うように、都真の舌は僕の口腔を溶かしてまわった。 「ふ…ぅ…ん…」 下せない唾液があごをつたっていくのを感じる。 そんな儚い感覚でさえ、背筋をぞくりとあわ立たせて、僕の全身を落ちつかなくさせる。 多分、都真はそういう僕を見ぬいていて。 腰を支えながら、そっと唇を解放した。 「可愛い、ソウ」 もっと香りを高めて。 そんなことを言いながら、耳元に、今度は軽いキスをくれる。 「もう…恥ずかしいよ、こんなところで。雲英さんだって通るのに」 「見せてやればいい」 「…もう」 呆れて諫める言葉が出ない。 「そうじゃなくて、お客様なんだよ、都真。昨日から都真に会いたいって、今来られてて」 「ソウの頼みだからきいてやりたいんだけど、あいにく今日は本当に時間がなくて…明日…いや、明後日…。 ……悪い、また考えておく」 時計に目をやって、もう一度、僕の耳元に鼻先をくっつけてから、都真は廊下を行ってしまった。 まったく慌ただしい。 (せっかく来てもらってるのに) 僕が悪い。 昨晩、都真と会えないなんて思わなくて。 晩に都真に伝えれば間に合うって思っていた。 結局、今になって、今日都真が出かけるってことも知らなかったから、銀砂に無駄足を踏ませてしまった。 なんだか深い事情のありそうな銀砂に、都真が出かけてしまうことを伝えるのは心苦しい。 (とにかくよく謝って、別の日を、都真の予定の合う日をまた連絡すれば良いのかな……) 都真に高められた体を思考を巡らせることで落ちつかせて、廊下を帰った。 「──で、いいんです、お願いします!」 銀砂の声だ。 廊下の行き着く先『花苑』の店内から外道へ出る扉の前で、都真の腕にすがるようにして、銀砂は訴えていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |