Honey Flower(本編+SS)
9
金木犀を救ってやれなかった。
部屋の戸がノックされたと同時に、親父を伴った結城が入ってきた。
いつも着ている白と黒の執事服に、白の手袋。
時代錯誤な姿だが、結城にはよく似合っている。
「貴方を迎えに来たんです、銀砂。一緒に来てくれますね?」
「えっ…」
どういうことだ。
金木犀が出て行った日、『銀砂も一緒に』という懇願にも関わらず結城は耳を傾けなかったのに、今になってまた来いとは。
「まさか、金木犀に何かあったんですか?」
早口に言いきる俺とは対照的に、結城は穏やかに笑っていた。
「そうではありません。ただ、お屋敷を離れていた時期があったせいか、なかなか緊張がとけないようなのです。仲が良い友人がいれば、金木犀さまも少しはリラックスできるのではないかと思いまして」
緊張?
結城の言葉がひどく空々しく聞こえる。
窓辺で、むりやり幼い体を開かされていた金木犀。
あれほどの目に遭えば、誰だって萎縮するんじゃないか?
(行って、金木犀を守るんだ)
泣き叫ぶような、あんな顔は二度とさせないように。
金木犀は笑顔やまどろみが似合っている。
それを壊すヤツは、カイさまだろうと近づけさせたくない。
「行きます」
「銀砂、直接話せて良かった。話が早くて助かります」
結城は言いながら、ちらと親父に視線を送った。
複雑な表情を浮かべる親父は、おそらく俺をお屋敷に出すのを渋っていたのだろう。
金木犀が家にいる時は、近づくことにも良い顔をしなかった。
簡単な荷造りを済ませて、結城の後に続いて車に乗りこんだ。
車の外に、親父一人がぽつんと立っている。
家を出るときに一言だけ、「粗相のないようにな」と言ってきただけだった。
(親父は何か、隠しているんじゃないだろうか)
何を、と具体的に言われると答えられないけれど。
お屋敷に近づけたがらないのも、金木犀とのことも、何か理由があるように思えて仕方がない。
車が走りだす。
親父と俺が、毎日手入れをして回っている庭園の横を、滑るように横切っていく。
防犯用のライトがひっきりなしに光を走りらせていくのが鬱陶しい。
強すぎる威嚇を思わせる光は、あの夜窓辺に追いつめられていた金木犀を思い出させる。
隣で結城は黙ったまま、視点を決めない視界の中で物思いにふけっているようだ。
俺の視線を受けていても反応することがない。
(結城も不思議な人だよな)
庭師として勤めはじめてからわかったのは、カイさまに関する噂が、あまり良いものばかりではないということだ。
結城は幼いころから勤めているらしいが、年の近いこともあって、遊び相手を任じられていたこともあったそうだ。
かなり横暴なところのあるカイさまと、遊びを共にする。
(カイさまは雲の上の人だから、実際に会うことなんてないけど。坊ちゃまの遊び相手になるのって、相当疲れそうだ。結城はかなり辛抱強い)
それに、と知らず眉間に皺ができる。
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