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Honey Flower(本編+SS)
8
◆銀砂 1


 金木犀が、俺の家を出て数日経った夜。
 庭園の隅にある俺の家の前に、黒の車が止まった。

 見ればわかる。
 お屋敷からの使いが乗っている車だ。

 使いは話の重要度に従って、なり手が変わる。
 最重要案件になると、使いとなる人間は結城だけだ。

 自室の窓の隙間から、結城と親父が喋っているのが見える。
 結城がうちに持ってくる最重要案件は、おそらく1つだけだ。

(金木犀。おまえ、どうしている?)

 金木犀が初めて我が家に来た日、結城が「人形です」と言った言葉が、どうしても信じられなかった。

 結城の後ろに立つ男が横抱きにしていた金木犀の頬は暖かかったし、胸元は寝息で小さく上下していた。
 生きているとしか思えなかった。

「壊れているのです。眠ったまま起きません。現在、修理を申し込むかは検討中でして。
 青児(せいじ)、申し訳ありませんが答えが出るまで預かってもらえませんか?」

 青児というのは、親父の名前だ。

 見たところ、親父は困っているように見えた。
 人形を預かりたくない。
 だけど、結城に返す言葉が見つからない。

(こんな綺麗なものがそばに置けるのに、どうして断るんだ)

 俺は親父が結城に返事をする前に「預かります!」と喚いていた。
 声に驚いた結城は、呆れたように苦笑した。

 だって、この寝顔を毎日見られるなら、喚いて呆れられるぐらいどうってことはない。

「これ、起きる可能性って、あるんですか?」

 ベッドに横たえられた白雪姫みたいな金木犀を覗きこんで問うと、結城は「そうですね、可能性は低いですが」と返した。

「じゃあ、この子にしてやれることって、何もないんですか?」

 気休めかもしれませんが、と前置きを置いて、結城は続けた。

「ゼロというわけではありません。『花』は愛されるための人形なんだそうです。愛されていないと生きていけない。毎日、できるだけ話しかけてやって下さい。無論、返事をしてくるわけじゃありませんが」

 奇妙な話だった。
 生きていないはずの人形が生きていて、更に生きているには愛されなければならないなんて。

(全部が矛盾している)

 でもまぁ良い。
 すべてどうでも良い。

 寝ていようが起きていようが関係ない。
 金木犀がここにさえいてくれれば、それで俺は幸せだ。

 結城は金木犀が目覚める可能性はほとんどゼロだと思っているようだし。
 そうなれば、ずっとここで眠っているはずで、俺はそれを眺めて暮らせる、幸運だ。
 そんなことを考えていた。

 ……金木犀が、目を覚ますまでは。
 お屋敷に帰った金木犀が、どんな扱いを受けているかを知るまでは。

(泣いていた)

 いや、泣いていたなんて顔じゃない。
 泣き叫んでいた。
 窓のそばにいたのは、逃げ回って追いつめられたせいに違いない。

 必死で鍵を開けて、でも開かなくて。
 窓が開いていれば、悲痛な叫び声が聞こえたはずだ。

(何もできなかった)

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