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Honey Flower(本編+SS)
10
 ガラスケースの装置の調子を見ている雲英の後ろで、菫がソウを相手に「またマフィンを焼いてくる」と騒いでいる。
 パタパタと走っていく小さな後ろ姿に目を細めてから、雲英は嘆息した。

「消し炭を増やさなきゃいーけど」

 残ったソウが「雲英さんっ」と小さな怒気を含んだ声を上げた。

「そんな風に言ったら、菫が可哀想ですよ? 雲英さんにおいしいものを食べさせてあげたい一心で、頑張っているのに。可愛いじゃないですか」

 応援してあげて下さい、とソウは続けた。

(応援なぁ)

 菫が消し炭を作ってくる原因は、雲英の応援が足りないからなのか? と心中ひとりごちる。

 都真が飲んだ茶の器をワゴンへ引き、ソウは眠る紫陽花で目を止めた。
 青い目が沈んだ色をしているように見えるのは気のせいだろうか。

「どうして僕には、助けを求めてきた紫陽花が見えなかったんでしょうか。どうして、菫にだけ?
『花』が助けを求めてきたなら、僕だって応えてあげたかったのに」

 寂しげにまつげを伏せるソウを、雲英は振り返らなかった。
 新しい工具を手に、装置のカバーを開く。

「菫と紫陽花は同調したんだろうさ、『花』同士。俺にも見えなかった」

「でも、だったら、僕にも……」

 見えるはず、と続くだろうセリフを雲英は千切った。

「おまえは『花』じゃない。だよな、ソウ?」

 いつかソウは言っていた。
『僕は花じゃありません』
 その言葉に、都真と対等でありたいという切なる願いがこめられているように、雲英には感じられて。

 かちゃんとソウの手元の茶器が鳴る。

「……。……はい。僕は……『花』じゃない。だから、そうですよね。見えなくても……」

 ワゴンの足元がキュッと鳴る。
 滑らかな足取りで、ソウはワゴンを押して踵を返していく。

 その後ろ姿をちらと見送り、雲英は鼻先を掻いた。

(本当のところは、どうなんだろうな)

 ソウは、ソウの言葉を信じるならば、エネルギー低下した紫陽花の姿が見えなかった。
『花』同士同調して見えるなら、ソウは紫陽花に同調していなかった。
 つまり。

(ピノキオが人間になる?)

 馬鹿な。
 そんな超常現象は信じない。

 装置のカバーを閉じて、雲英は立ち上がった。
 温室のガラス天井を叩いていた雨粒も、ようやく飽きがきたようだ。
 雲間から差し込む細い陽光が、熱帯植物のつるつるした葉に反射している。

 極彩色の蝶が舞う。

 その下で、主人に愛を捧げて命を賭した眠り姫が、ガラスケースで夢を漂っていた。












【Hydrangea】了

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あきゅろす。
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