Honey Flower(本編+SS)
7
「住所?」
それも、幾つかの住所が並んでいて、上から打ち消し線で消してある。
一番下の住所だけが打ち消されておらず、円で囲ってあった。
「一番下の家に行けるか?」
さっきの件に関しての説明はそれで終わりか、とイライラする。
だが、都真に話す気はなさそうだ。
雲英の返事を待って、じっとミラーから視線をくれる。
「ああ。行ける」
発進させる。
場所はそれほど遠くない。
だが、何しに行くんだ? とよぎった。
住所を見た感じは、集合住宅の一室のようだった。
都真は説明する気もないようで、ぼんやり外の景色に目をやっている。
助手席に戻った菫も、オバケ不在が気になっているのか、珍しく口数が少なくなっていた。
やがて、注文通りの住所にたどり着いた。
思ったとおりの集合住宅だったが、想像よりずっと小規模で古そうに見える。
一棟だけがぽつんと立っているアパートは二階建てで、手すりは赤茶に錆びついていた。
ずいぶん年代を感じさせる建物だ。
「……。なんか、ここにもオバケが出そう」
菫が嫌そうに呟いた。
視界を曇らせる雨が、余計にそう感じさせるのかもしれない。
車を止めて、件の住所を確認する。
後部から半身を下ろした都真が、ふと振りかえった。
「何があっても、悲鳴なんか上げるなよ?」
「悲鳴って」
いったいここで何が起こっているというのか。
都真目当ての部屋のインターホンを鳴らす。
何回か鳴らしたが、応答はなかった。
鍵が開いている。
ドアを開く都真はためらいがなかったが、菫は雲英の後ろに身を隠すように中をうかがっていた。
「────!?」
小さなキッチンの向こう側に、折り重なって倒れている二つの人影があった。
「……な」
何?
こぼれそうになる言葉は都真が千切った。
「雲英。“紫陽花”を頼む。俺は救急車を呼ぶから」
『紫陽花』?
――以前、『紫陽花』って『花』が、いたんです。
『花』――?
二人の内、一人は年老いた男だった。
息はあるが、意識はない。
都真は片手に電話を持って、思い出したように雲英へ視線を合わせた。
「それから、気付けはいらない。意識が戻って主人の様子を見たら、ショックを受けるだろう。栄養剤だけ投与して、意識を戻さないで運んでくれ」
「了解」
短く返して、小柄な体を膝に抱き上げる。
どこか、ソウに似た面差しの『花』。
ぐったりと力の抜けた体は軽かった。
注射針から溶液が流れこむのを見つめる。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!