Honey Flower(本編+SS)
6
(オバケねえ)
口の周りにクリームを盛大にくっつけて、シフォンケーキにかぶりついている菫のほうが、よっぽど得体が知れないと思う雲英だった。
それから一時間もせずに、都真が呼びつけてきた。
自室で菫にまとわりつかれながら作業していた途中だったが、「早くこい」としか言わない雇い主を相手に、携帯のこっち側で眉根をひそめる。
「菫を連れてこい。あと、速効性のある気付けと栄養剤」
こないだ雲英が研究していたアレがあるだろう、と曖昧なことを指示してくる。
アレって何だ、研究なんぞいつだってやってるわ! と、シャーレをたたき割りそうな勢いで、電話を切った。
(気付け薬? 何に使うんだ? オバケにか?)
意味不明の指示に疑問符を浮かべ、薬剤を鞄に詰めこむ。
開口一番「遅い」と投げてくる上司にムカつきつつ、車に乗りこむ。
無論、運転するのは雲英だ。
フロントガラスに激しい雨粒がたたきつけられているのを見て、辟易した。
視界が悪すぎる。
せめて、一人でもやかましい菫を後部座席に引き取ってほしかったのだが、遠足気分の本人はちゃっかり助手席に陣取った。
「ね、雲英。もっとスピード出ないの? ビスケット持ってない?」
「ビスケットは持ってないし、スピードも出ないの! それよか、大人しくしてなさい」
はぁい、と気の抜けた返事を寄越した後、菫は後部の都真に同じ質問をくり返していた。
しばらく道なりに走っていると、ミラーで都真が前に体を傾けてくるのが見えた。
「雲英、ちょっと止まって。菫、雲英のところの窓の外、見て」
唐突な指示に半ばヤケクソに「ハイハイ」と喚いて、ブレーキを踏む。
菫が、都真の言うとおり、雲英の側の窓に身を乗り出した。
幽霊が出る低木が、やっぱり雨に濡れている。
それだけだ。
雲英にそれ以上は、見えない。
膝の上にずいと乗り上げて外に視線をやる菫に何が見えているのか、わかるわけもないのに紫の目を覗いた。
「どうだ、菫。オバケはいるか?」
後部座席にどっしり背中をつけたまま大仰に問う都真に、菫は「ううん」と返した。
視線は雨の中の低木に縫いつけられたように、動かない。
「いない。僕が通るとき、いなかったことなんてなかったのに」
「そうか。やはりな」
もっともらしく都真がつぶやくのを見て、雲英は口を出さずにはいられなかった。
「何。おまえが何かしたのか、都真。やっぱりソウが言ってたみたいに、『花』がらみなのか?」
矢継ぎ早に質問を投げる雲英に、都真は「そのようだな」と答え、メモを渡してきた。
ソウの筆跡。
几帳面な、丸みを帯びた字が並んでいる。
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