Honey Flower(本編+SS)
4
傘をさしているというのに、次々と白衣を水玉模様にしていく横降りに、多少辟易しながら、目の前をうろうろする菫を眺めた。
視界を覆う、幾つもの雨の線と、鉛色の厚い雲に覆われた空。
その下に伸びる道路は、いつも通り車一台止まっていない。
もちろん、人も通らない。
(こんな場所で商売って意味あるのか?)
都真(とま)が営んでいる生花店『花苑』は早い所廃業にして、『花』一本でやっていけば良い。
むしろ借金を作る一方の生花店は、もはや『花』の稼ぎなしには存続しえない。
一刻も早く『花苑』を処分して、それから……
(いかんいかん。意識が菫のオバケから離れてしまった)
現場だという場所に青と濃いピンクの花を咲かせた低木が、雨に濡れてつやつやと輝いている。
菫はその木の根元にしゃがんで、枝と枝がもつれ合う中ほどをじっと見つめていた。
水色に濃い青のドットを飛ばしたレインコートの肩が、小さく揺れている。
「おまえのオバケは、ずいぶん背が低いんだな。30センチぐらいか?」
問うと、「違うっ」と怒って、指に乗せたカタツムリを差し出してきた。
菫の白い手の甲を、粘液を出しながらぬめぬめと進むカタツムリを前に、雲英は眉間をひそめた。
指でソレをつまんで、低木の向こう側へ投げた。
「あーっ! 何すんの、可愛かったのにっ! ソウに見せようと思ったのにっ!」
「可愛い? 気持ち悪いの間違いだろ。同じぬめぬめならおまえの奥のほうがよっぽど──」
「何涼しい顔で気持ち悪いこと言ってんの、しねば?」
ぶう、と頬をふくらました菫が、さっと表情を変えた。
紫の目が、低木の向こう側へと視線を固めた。
「……えっ…」
まだ低木の向こう側を見ている。
唇が何か言いたげに動くが、声は出ていない。
雲英も菫の視線を追うが、そこにはやはり何も見えない。
菫の震える手が、雲英の白衣の袖を握った。
「何て、言ったの…?」
菫の口が、そう問うている。
相手はおそらく、低木の幽霊だろう。
それから一・二分ほど、くだんの箇所を見つめていた菫はふっと振り返って雲英を見上げた。
「オバケ、消えちゃった」
ひらひらと蝶が舞う。
長雨が続いても、都真の温室だけは暖かく、わずかな陽の光を大きくふくらませていた。
都真はソウが差し出すハーブティーを片手に、何か書類を作りながら、ちらと菫に目をやった。
「オバケは何て言ったんだ?」
菫は興味を持ってもらえたことが嬉しかったのか、いそいそと都真の隣の椅子を陣取って「あのね」と語り始めた。
すぐそばに立つ雲英は、自分の言うことを端から信じてくれないのだから、完全に無視だ。
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