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Honey Flower(本編+SS)
5
 一抹の不安が過らないわけではなかったが。
 ガラスケースの中のネペンテスがゆっくりと起き上がって、その細い腕を水晶の首に巻きつけた。
 鼻先をすり、と白衣の肩に寄せ、息を吸う。

「水晶からは、あの子の匂いがする……。都真、僕、水晶のそばにいたい。水晶のそばで、卵を孵すんだ……」

 水晶に抱きついたまま、「いいでしょう?」とまだ熱のこもった目を向ける。
 都真はふうと息を吐いた。

「ネペンテスが言うなら仕方がないと言うしかないが」

 話の途中で、水晶がやった! と声を上げる。
 水晶から腕を離して、ネペンテスは再びケースに横になった。
 体が本調子ではないのは明らかだ。
 卵を孕んだ『花』など、都真にとっても前例がない。
 ネペンテスが望む以上は、ここに置いてやりたいとは思うが。

「水晶、おまえわかってるのか?」

 無邪気な笑顔のまま、水晶は都真の手から試験管を抜き取った。

「何をです?」

「死んだおまえのいとし子の卵は、最長半年、ネペンテスの体にいることになる。だが巣であるネペンテスは食虫花だ。孵るまで、幼虫が生きていられると思うのか?」

 ネペンテスはあの子の卵を孵したがっている。
 自らの体が、幼虫の命を絶ったと知れば、傷つくにちがいない。
『花』の親として、都真は少なからずネペンテスの幸福を思っている。

 水晶は、ははと軽い笑い声を立てた。
 怪訝な顔で見返すと、水晶はその表情を止めていた。

「大丈夫ですよ。生きるか死ぬかは本人の力。
 対峙する相手の拮抗するエネルギーを乗り越えてこそ、生きていると言えるんじゃないですか? ヒトと同じ。累々と積み上げられた敗北者の屍の上にこそ、成功者は在るんです」

 そうでしょう? という水晶のセリフに、都真はやはり無言で返した。
 生死の定義など、偽りの命を創る自分に語る権利はなそさうに思える。

 都真はガラスケースに眠るネペンテスに頬に手のひらを添えてから、陽光に輝く温室の天井を見上げた。
















【Nepenthes 了】

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