Honey Flower(本編+SS)
4
嬉しそうに言う水晶に、都真は、ああとどうでもいいような返事をした。
とにかく体が痛くてみしみしと軋む。
気を失った『花』を蛾から離すのは苦労した。
『花』の体に入り込んだ産卵管が、なかなか抜けなかったからだ。
繋がったままでいる巨大な蛾と、少年の姿をした『花』は相当に重い。
加えて、水晶が作った蛾は、命を落としていた。
ぐったりと力を手放した脚が、意外と重く、宙から地上に下ろすまでも時間がかかってしまった。
水晶はようやっと地上に下ろし、もはや息をしない蛾の触角に手を触れ、「この子も本望です」と笑った。
「だって命を賭して愛し合ったすえ、子孫を託せたのですからね」
都真先輩もそう思うでしょう? と求められた同意には返さないでおいた。
ガラスケースに横たわった、いたいけな少年の体を清めてやりながら、すらりと伸びた脚元で手を止めた。
その体の奥に、『花』は蛾が産みつけた有精卵を抱いている。
『花』は相手に心を許すと、『花』特有の香りを放つ。
生まれたばかりだった彼が、蛾を相手に心を許したのかどうかはわからないが、水晶は愛するあの子に心を許したのだと信じている。
都真には正直、どっちでもいいように思えた。
先刻、水晶から受け取った試験管を、彼と同じように陽光に透かして仰ぎ見た。
「“ネペンテス”……」
ネペンテス。
ウツボカズラ。
壺型の捕虫器を使って虫を捕らえ、その身を消化吸収してしまう。
腹に抱いた有精卵も、無事で済むかどうか。
匂いを放って虫をおびき寄せる手段は、ネペンテスの元々の性質だ。
おまけに水晶が「急ぐ」と言うので、『花』を起こすルールである三日間の猶予をすっ飛ばし、相手を受け入れされるなど、無茶ばかりさせた。
蛾のあの子を愛していたかどうかなど、都真には判断できかねた。
試験管の透明なガラスの向こうに、都真は後輩である水晶の姿を視界に捉えた。
動かなくなった蛾の体を掻きいだいて「よくやったね」と労うその姿は一見ほのぼのとして見えるが、試験管を都真に渡してきたのは水晶本人だ。
つまり、可愛いいとし子である蛾の相手に、食虫植物であるネペンテスを選んだのは他ならぬ水晶だった。
(水晶の趣味をとやかく言うわけじゃないがな)
今度はちらりとガラスケースの中に横たわったネペンテスに目をやる。
気を失っている間に体を拭ったり服を着せたりしたせいでか、うっすらと目を開きぼんやりと視線をさまよわせていた。
都真はガラスケースのそばにしゃがんで、ネペンテスの顔を覗いた。
「起きたのか。具合はどうだ?」
「……あの子は?」
開口一番、相手のことか。
都真はネペンテスの心境をうかがいながらもきっぱりと「死んだよ」と返した。
ネペンテスは視界をゆらしたまま、「そう」とだけ返事をし、服の上から腹を撫でた。
そして、ふふ、と唇に笑みを浮かべる。
「あの子の卵をもらったの。都真も見てたでしょう?」
「ああ、見てたよ」
ポケットに両手を突っ込んだ水晶が都真の背後に立ち、にこにこと笑顔でネペンテスを覗き込んだ。
ネペンテスはぼんやりした目を水晶に向けて、同じように微笑した。
「先輩。ネペンテスは僕のところで管理しても良いですよね? あの子がいなくても、僕が注文した僕の『花』だし。あの子の卵が孵るまで、見ていたいんです」
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