Honey Flower(本編+SS)
2
無事なほうとはまったく違う。
赤く熟れた果実のようにてらてらと光り、ぴんと存在を主張している。
慎ましく薄桃色を潜めたもう片方がそばにある分だけ、気をそそられる。
「可哀想に」と言いながら、小さく、しかし腫れてわずかに大きさを変えた赤い果実に、人差し指につけたクリームでそっと触れた。
「んっ……」
肩がひくんと震える。
指の腹に当たるそこは熱を帯びていて。
雲英の指に置いてあった白いクリームは、見る見るうちに溶けていった。
流れおちそうになるクリームを指ですくい、塗りつけてやる。
「は……もう、や……だいじょ…ぶ……だから」
かたかたと震えながら涙を滲ませ、ソウはシャツの裾を握っていた片手をはずして、口元を抑えた。
「気持ち良いの……?」
涙の粒でまつげを濡らし、口元を抑えたまま、ソウは小さく首を横に振った。
(言えるわけないか。ソウは都真の『花』だもんな)
だとしたら、余計に言わせてやりたい気になる。
熱を持った傷口にクリームを塗り込めてやりながら、無事なほうの薄桃色にもう片手を伸ばした。
「だよな。薬塗ってるだけだし? 感じるなんて、ありえないよな?」
「や。……どうして。そっちは何ともない…の…」
両方を指先に弄ばれて、体の熱が上がっていく。
小さな震えだったのがかたかたと揺れ、雲英の肩へ前倒しになってくる。
指の中の赤は慎ましかった形を変えて、より触れてもらいたがっているようにぷっくりと立ち上がって見せていた。
「ソウのここも触ってほしいって言ってる」
「嫌です……言ってません……」
熱のあがった額を肩に寄りかからせ、雲英の胸元に熱い息をこぼす。
ソウの耳元からふわりと薔薇の香りが立ち上る。
抑えた口元からくぐもった甘い声がこぼれ落ちるのが心地良い。
ほんの少しだけ揺れている細い腰を、クリームで濡れた片手を回して支えてやった。
都真が大切に愛でている一番の『花』。
ソウを鳴かせているかと思うと、雲英の奥底に横たわっている感情がむくりと首をもたげてくる。
「雲英さん……ごめんなさ……」
「え?」
肩口でくすん、とソウの鼻が鳴った。
快楽ににじんでいた涙は、どうやら本泣きに変わっていたらしい。
ぐずぐずと続く泣き声と共に、ソウが顔をうずめていた胸元が濡れていく。
「僕が、僕の体がこんなで……気持ち良いの、好き、だから……だから、ごめんなさい。許して……都真に、言わないで……」
くすん、くすん、と鳴り続ける鼻と、きれぎれの涙声に、雲英はふう、と息を吐いた。
自分から出ていく空気が熱い。
(“都真に言わないで”か)
侮れない。
恐るべし都真が『花』に記したマーキング。
(『内緒にしてやる代わりに』って言ったら、どうするかな)
ふと過ぎった黒い質問は飲み込んでおく。
まだ鼻を鳴らしているソウの背中をぽんぽんと軽く叩いて、空いた片手でシャツのボタンを閉じていく。
都真に内緒、の赤い実を隠してやるために。
【SS-Secret Fruits 了】
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