Honey Flower(本編+SS) 1 こそ。 ささやかな衣擦れの音。 かさ。 「……気になるんだけど」 雲英が作業の手を止めて、石鹸水で洗っていると、すぐ近くのソファに両ひざを立てて座っていたソウが「え?」と顔を上げた。 自分でなくても、この姿を見たら、微妙な気持ちになるだろうと一人ごちる。 夏用に衣替えしたばかりの、目に新しい透けそうに薄い水色のシャツにアイボリーのハーフパンツ。 時折、わずかに膝頭をすりあわせる動きと表情はリンクしている。 両手を胸元で組んで、すり、とこするのは…… 「胸、どうかしたのか?」 我ながらストレートすぎると思ったが、仕方がない。 こっちに気づかせまいと、もじもじ動くのが返って気になって仕方がないのだ。 涙目と上気したほおを上げて雲英を見つめてくる。 言いかけてやめるのを何度がくり返して、観念したかのようにうつむいた。 「胸……のね、先……刺されたみたいで……あの、痒くて……」 「刺された? 虫に?」 「多分、蚊だと思う……けど。あ、いいんです。あとで、薬つけるから……」 気にしないで、と言われると逆に気になる。 どんな格好をしていて刺されたのか、とかどうでもいいことまで過ぎる。 無言が漂うのに耐えられなかったのは、やはり雲英のほうだ。 つかつかと薬箱を手にして、ソファにすわるソウの前に膝をついた。 「見せてみろ」 「雲英さんに?……嫌です」 親切心の奥に隠していた下心を見つけられたようで、なんとなくばつが悪い。 しかしここで引いてしまうのも、存在を肯定してしまっているようで正解ではない気がする。 「薬つけてやるだけだろ」 「……はい。じゃあ、あの…お願いします……ごめんなさい」 膝立てていた足を床に下ろし、ソウは赤い頬をうつむかせた。 まだためらいのある指をボタンにかけて、上から順に外していく。 三つほど外し終わって、涙のたまった青い目が、雲英を見つめ返してきた。 「これで、いいですか?」 「もーおまえ、まどろっこしいんだけど」 ソウの手をのけて、自分でシャツのボタンを外していく。 全開させたシャツを前に、雲英は手際良く指先にクリームを取った。 (まったく、薬を塗るだけに何分かかって……) ソウの手で開かれたシャツの胸元に、うっかり手を止めてしまった。 しっとりと汗ばんだ白い肌に、胸の薄桃色。 片方だけが薄赤く腫れている。 外気に触れたせいか、ソウは肌を震わせ、頬の赤を一層濃くして、きゅっと唇を引き結んだ。 「は、早く……して、下さい……っ」 「すごい色してる」 わずかな衣擦れの音を立てて、ソウ本人が擦っていたせいだろう。 [次へ#] [戻る] |