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Honey Flower(本編+SS)
9
「僕は……雲英の『花』なんだよ!? なんで、都真のところに帰れだなんて言える……」

 語調激しく喚きはじめたというのに、菫は途中で台詞を千切った。
 泣き出しそうな、真っ赤な頬をして。

「何……? ハナ? おまえが、誰の何?」

「もういい! ウスラバカ!」

 泣いていたのだと思う。
 叫んだと同時に、きびすを返してしまった菫の顔は見えなかったが。
 少しばかり、台詞が泣き声だった。

(言ってることの意味は、さっぱりわからんが)

「雲英」

 背中から声をかけられて、飛び上がりそうになった。
 別にやましいことをしていたわけではないが、誰もいないと思いこんでいたから。

「伊里(いり)事務長。すみません、お騒がせしまして」

 口では詫びながら、雲英は「いたのか」と言わんばかりの慇懃な視線を向けた。
 もうすぐ四十になろうかというこの事務長は、滅多に出社してこない。
 家に帰れない働き蜂である雲英ら研究者と違って、伊里の事務長職は肩書きに過ぎない。

 伊里は雲英に「詫びなどいらんよ」と言いながら、目の前に立っている研究者など見てはいないようだった。

「今、君。『花』と言ってなかったか?」

 伊里の目は、さっき菫が姿を消した玄関に向いている。
 いつからいたのだろう。

「言いましたけど……」

 正確には言ったのは菫で、雲英ではない。
 だが伊里は興奮したかのように、目もとに朱をはいた。

「『花』、都真博士の『花』か!? 今の、あの子が!? 君は都真博士に選ばれたのか!?」

「さぁ、本人はなんかそんなようなことを言ってましたけど。いったい何なんですか、『花』って……」

 話がまったく見えない。
 伊里は好色な笑みを浮かべて、辺りをはばかってから、雲英の耳元に声をひそめた。

「『花』はオーダーメイドの生きたセックスドールだ」

 ……聞き間違いか?












 ドアが壊れるかと思うほどの勢いで、雲英は白衣のまま玄関に上がった。
 これでもかと言わんばかりに歩幅を広げて部屋を進むと、一番奥の寝室から、かすかな泣き声が聞こえてきた。
 ドアを開いて、灯りをつける。
 斜光カーテンを引いた窓のそばのベッドに、シーツをかぶった塊が、嗚咽と同じ拍子を刻んで震えている。

 雲英は眉間にしわを刻んだまま、深く息を吐いて握りしめた携帯電話を耳に当てた。

「もしもし、都真か!?」

 そうだけど、と帰ってくる剣呑な声色は寝起きだろう。
 こっちは都真のせいで、転がるように早退してきたのだ。
 こめかみに、びしりと血管が浮く。

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あきゅろす。
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