Honey Flower(本編+SS)
5
「ああ、別に……」
名刺に視線を落とす。
生花店『花苑』とあり、その下に住所と電話番号が書いてあるだけのシンプルなものだ。
(生花店って、普通に花屋なんだよな?)
都真の生業は生花店経営。
いや、生花店に悪意を抱いているわけじゃないし、その規模にもよるが。
せっかく名の通った製薬会社に求められて勤めている人間を引き抜いて、生花店でいったい何をやらせようと言うのか?
(わざわざからかいに来たのか?)
まったく何だというのか。
目の前で雲英の仏頂面を不安げに見つめていたソウは、ロビーの都真に呼ばれてその軽い靴音を遠ざからせていった。
雲英は名刺をぞんざいに白衣のポケットに突っ込むと、廊下を歩いた。
「雲英!」
背中から、都真の声が追いかけてくる。
「荷物を送る。それを見て、検討してくれ。また連絡する」
雲英は振り返らなかった。
アホか。
昔のよしみを頼るにしても、もうちょっと頼み方があるだろう。
暇を持て余しているに違いない昔の(それも鼻につく)友人の生花店と、一目置いてくれている製薬会社。
どっちを選ぶかなんて、一目瞭然だろうが?
都真が出ていく後ろ姿さえ確認しなかった。
これで終わりだ。
都真とは二度と会うことはない。
だが──
(──だが、『荷物』は届いた。それも、喋る荷物が)
雲英は首からネクタイを下げたままスーツの背中を壁に預けて、ずるずると床に尻をつけた。
手さぐりでコンビニの袋の中から、ビール缶を引っ張り出して、タブを引いた。
ぶくぶくと出てくる白い泡をそのままに、喉に下す。
さっきまで冷やされていた冷たいビールが喉と体内を通って、ひんやりと正気を呼び戻していく。
その間も雲英の目は木箱から離れなかったし、木箱の中の奴は「開けろ!」とか「うすらばか!」とかわめきながら、中側からどんどん叩いている。
(何だ、これは!?)
旧友への嫌悪感。
荷物への恐怖心。
……研究者のとしての好奇心。
木箱の蓋を開いてしまったのは、最後の一つが勝ったからなのだろう。
我ながら腹が立つと思ったのは、中の奴を見てからだ。
「このウスラバカ! 遅いんだよ! 畜生!」
飛び出してきた中の奴に、ビンタをお見舞いされた。
「……は!? え! 何……」
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