Honey Flower(本編+SS)
4
「ええ? せっかく会いに来たのにか。昼飯ぐらい一緒に食べようぜ。つもる話もあるし」
昼飯、と言われて腕時計を見た。
昼はとうに過ぎていて、そろそろ三時になりそうだ。
服装と同じように、自由な奴だと呆れていると、都真の後ろから誰かがひょこっと顔を出していた。
十四、五歳ほどの、少年とも少女ともつかない子だった。
大きな青い目に、薄茶の細い髪。
体の線が細くて、やはり女の子かなと思う。
彼女は都真のシャツの裾を指先で握ったまま、雲英と目が合うと「こんにちは」とはにかんで頭を下げた。
雲英のほうも、大人として会釈ぐらいは返す。
「その子は? まさか、都真のガキとか」
都真にガキがいても良いが、妻がいるのはなんとなく納得いかないような気がする。
こんな性格破綻者と結婚する女がいるのなら、それこそ顔でも拝んでみたい。
都真は意外にも彼女の髪を優しく撫でてやりながら、「違う、子供じゃない」と返してきた。
(だったら何なんだ。赤の他人を連れまわしているなら、それこそおかしいだろ)
この際『恋人』とかいうカテゴリがこの世に存在するという事実は抹殺しておく。
彼女が都真の何なのか、追求する理由もないような気がして「で?」と時計を見た。
優雅に昼飯なんぞに出かけている暇なぞない。
「何の用事で来たんだ? 悪いが昼飯に行ってる時間はない」
「じゃあ、端的に言うけど。この会社辞めて、俺んとこで働けよ。今より良い暮らし、させてやる」
端的にというより突拍子がない。
「……は? 何言って……」
自由な風貌であるのは一目瞭然だが。
都真は人を使える立場にあるのか、と訝しむ。
自由な風貌と一口に言っても、余裕があるようには少しも見えない。
雲英は大げさにまた時計に目をやった。
「おまえが何して飯食ってんのか知らないけど、俺忙しいんだ。今の仕事にも満足してる。また機会があったら、飯でも食おう」
じゃあ、と語尾を流しながら踵を返す。
都真なんぞのジョークにつきあってる暇はない。
今日家に帰れるかどうかの瀬戸際なのだ。
大嫌いな旧友の顔を見ながら、悠長に昼飯なんぞを食っている暇はない。
元来た廊下を歩いていると、たたた、と軽い足音が追いかけてきた。
つい、立ち止まって振り返ってしまったのは、足音が都真のものじゃないとわかったからだ。
だが、立ち止まるべきじゃなかった。
追いかけてきたのは、先刻都真の影から挨拶をしてきた少女だった。
足を止めた雲英の前で、もう一度ぴょこんと頭を下げる。
「あの。僕、ソウって言います。都真のそばで助手をしています。これ、都真からです。受け取ってください」
遠慮がちに差し出してきたのは名刺だ。
その紙切れを一瞥してから、まだロビーに立っている都真を振り返る。
口元を引き揚げて、「受け取れ」とあごを動かす。
そういう傲慢な態度が気に入らないのだと思いながらも、目の前にいるソウには無関係な話で。
仕方なく、小さな白い手から、名刺を受け取った。
受け取ってもらえたことに安堵したのか、ソウはにこっと笑う。
それにしても信じられない美少女だ。
もっと言えば、彼女が都真のそばになんかいることそのもののほうが、信じられない事態だと思う。
「ありがとう、雲英さん」
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