Honey Flower(本編+SS)
3
彼女に見送られ、エンジンをかける。
塗装のなっていない石ころだらけの道々、助手席に置いたガラス瓶とリボンの箱が時折跳ねるのだけが心配だった。
冷えた空気がキッチンに流れ込んできて、目が冷めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
木製のテーブルに突っ伏していたせいか、額にでこぼこした木目がうつっている。
それを指で触れながら、寝ている間に風で散ってしまったらしい書類を拾い集めた。
厚さの薄いメモ帳まで、足元に落ちていて。
テーブルの脚のそばに腰を落として、紙の束を拾った。
その表面につづった自分の字を見つめる。
『芥、おはようございます』
『何時ごろお帰りですか』
『食事は何か、ご希望のものはありますか』
メモに書いた私の問いに、芥は声で答えてくれる。
いつも私の書く文字を覗き込んで、私の表情を見つめて。
白い息が洩れる。
額に触れていた指を、喉元に持ってくる。
屋敷でカイさまの身代わりになっていた芥を支えてきた。
仕事でも私事でも。
だが、事件を起こし、声を失った私を連れて村に来て以来、常に支えとなってくれたのは芥のほうだ。
家でしか仕事のできない私に代わって、慣れない場所での仕事を引き受けてくれた。
そしてその仕事が、私たちと村をつなぐ橋になってくれている。
屋敷にいた頃とは正反対だ。
おそらく、芥を支えてきたと言うのは、私の慢心なのだ。
実際には芥に支えられてきたのだ、ずっと。
「……き! 結城!? どこだ!?」
唐突に、慌てたような芥の声が聞こえて。
テーブルの天板に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。
声と同じに焦った顔をした芥が、キッチンの戸口に立っていた。
「……あ。そこにいたのか。姿が見えないから……何かあったのかと」
拾ったばかりのメモに、鉛筆を走らせて。
『大丈夫』
短い言葉を伝える。
「うん。あ、トラックに土産を忘れてきた」
土産?
今日はいつもと同じに、野菜を運ぶ仕事に行ったんじゃなかったのか?
踵を返していく芥の後を追う。
肩掛けを引きあげながら玄関を出ると、夕日が落ちていくところだった。
赤い空を背景に、芥が軽トラックの席を探っている。
不思議な光景だ。
タオルを首からひっかけた芥の姿を、トラックと一緒に見ることになるなんて、屋敷にいたころは想像もしていなかった。
村に来てからどんどん日に焼けていく肌を見て、『花』なのに大丈夫なのだろうかと心配した。
時折、一人でふらりとやってくる都真(とま)博士が、芥の体を診察してくれて大丈夫だと、太鼓判を押してくれて、ようやっと安心できた。
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