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Honey Flower(本編+SS)
9
◆ソウ 2



 通りを歩いていて見つけた人の姿に、僕の口元が勝手にほころんだ。

「あのっ! 僕のこと、覚えてますか?」

 画廊の前に立っていた美しいその人は驚いた表情で振り返って、僕を見た。
 すぐに優しい笑みを浮かべて、深い青紫の目を細めてくれた。

「覚えてます。雨の日に、ここでお会いしましたよね」

 覚えてくれていて嬉しい。

 胸元できゅっと手のひらを握ってから、僕は慌てて鞄の中からハンカチを差し出した。
 この前、彼が僕に貸してくれたものだ。

 もしかしたらまた会えるかもしれない。
 そんな偶然を期待して、ずっと持ち歩いていたのだ。

 白い手がハンカチを受け取って「ありがとう」と返してくれた。

「わざわざ洗ってくれて……大事にしてくれてありがとう」

「そんなっ。僕のほうこそ助かったんだしっ……。あ、そうだ。お茶に来ませんか?」

 僕の唐突な誘いに、彼は「え?」と表情を止まらせた。

「都真の温室が近いんです。遊びにきませんか? すごく綺麗なんですよ」

 自分でもちょっと強引な誘いかただと思ったけど。
 もう少し、この綺麗な人と話してみたいと、前に会った時から思っていたのもあって。

 僕は彼が壁にもたれさせていた大きな荷物を手に取った。
 中身は多分、絵だろうから、扱いは丁寧に。

 彼は驚いたみたいだったけど、すぐにまた笑ってくれた。

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、少しだけお邪魔させてください」

「はい。僕、ソウっていいます。温室のすぐそばの花屋で『花苑』って知ってますか? そこで働いてます」

「花屋さん。君のイメージにく合います。私はリンといいます」

 名前を教えてくれた!
 それが嬉しくて。
 温室に到着するまで、僕ばっかりしゃべっていた気がする。










「ソウ、おかえりー。あのね、クッキー焼けた! 僕一人でだよ!?」

 ドアを開けた瞬間から、はじけたように喋る菫(スミレ)の背後から「嘘つけ。人を粉だらけにしといて」と悪態をつく雲英(きら)さんの声が聞こえた。
 僕の背後でリンさんがくすくす笑う。

 紫の目を大きく瞬かせて、菫がじっと僕の後ろに視線を縫い付けた。

「誰? お客さま? クッキーは好き?」

「菫ったら、失礼だよ」

 矢継ぎ早に問う菫に、リンさんは「好きです」と返した。

「リンと申します。ソウくんに招待いただいてお邪魔しました」

 柔らかい物腰に菫は照れたように笑った。

「好きなら、いっぱい食べていくと良いよ?」

「もう、お客様にえらそうに言わないの」

 良いんですよ、とリンさんは笑う。

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