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Honey Flower(本編+SS)
7
 数日後。
 その日も曇天だった。
 今にも降りだしそうな雨粒を抱えた空は、中へいくほど灰の色を濃くしている。

 そんな空を背景に、玄関ドアの前に立っている男を見て、私は言葉を失った。
 皓の絵を買ってくれている、画廊の店主だ。

「やぁ、リン。嫌な雨だね」

 彼は通りいっぺんの挨拶を口にしてから「ご主人はご在宅かね」と帽子を取り、ドアを開いた。
 恰幅の良い体躯を慌てて押し戻すと、店主の人好きのする茶色の目が少し曇った。
 ドアノブを握る私の手を、節のたった手が緩い力ではずした。
 合わせてくる目が、困ったように色を変える。

「いつかは言わねばならんのだよ。わかってくれ、リン」

「困ります。言わないって、約束してくれたじゃないですか」

 そうは言ってもね、と薄いため息をくれる。

「たまらんのだよ。君が雷鳴の響く中、彼の絵を持ってくるのを見るのがね」

「すみません、それは……」

 自分の行動が店主の困惑を広げていたとは気付かなかった。

「でもお願いです。皓には私から、いつかきちんと伝えますから、お願いします。もう、お店には持って入らないようにしますから、皓には」

 気が高ぶって。懇願する声が自分で思うより大きくなっていたのだろうか。

「画廊の店主じゃないか。なんで俺を呼ばない?」

 後ろに、寝間着のまま酒瓶を手にした皓が立っていた。

 息を飲む。
 どうしよう。
 聞かれてしまう。
 皓に。
 店主の口から。

「……お願いです、帰っ……」

 強引にドアを閉めようとした私を前に意を決したらしい主人は、その口を開いた。

「皓。君の絵はもう売れん! 私の店には置けん。君も画家の端くれなら、せめてこれぐらいは……」

「やめて下さい!」

 店主が大事そうに抱えていた包みが、私の足元に落ちた。
 衝撃でめくれた包みの中味は、小さ目の絵画だった。

 わざわざ皓に見せるために、画廊から持って来たのか。
 足元に転がる小さな絵画を包みごと拾い上げた。
 包みを元通りに戻し、皓の目に触れないように。
 店主の手に素早く渡そうとしたところを、皓に取り上げられた。

「『これぐらいは』だと? いったいどの程度の──」

 包みを広げた皓が息を飲む。

「これは……」

 震える皓の手から、そっと絵画を取り上げると店主は丁寧にそれを包みなおした。

「新進気鋭の画家、彗藍(すいらん)のものだ。
こうした世界、後から後からこれまでにはない新しい才を持った者が現れるのが定石だ。こちらも商売なんでね」

 許してくれ、と言葉を残し、ドアを出ていく。

 ドアの向こうから、さらさらと音がする。
 店主が傘を開く硬質な音が続いた。
 霧のようにしめやかな雨が、玄関先にのびた雑草を湿らせている。

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あきゅろす。
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