聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
2
半分ほど埋まったバスケットを僕の隣に置いて、汐は雑誌の表紙を覗いてきた。
「経済誌? 面白いの?」
「んー、ここにたまたま落ちてたから。時間つぶし?」
隣できちんとすわっている汐を見て、寝転がっているのも変だと思って起き上がる。
夏休暇が過ぎて、汐は何だか元気がなさそうにしていた。
(夏休暇、っていうよりもねぇ……)
休暇前、東原王軍長がしでかした一件のことを考えれば、元気がなくたって無理はない。
あれほどの惨劇に遭って、普通に学園に戻ってきたことのほうが奇跡だ。
東原王軍長はいったい何を考えていたんだろう。
花井汐を聖王会に入れるのを嫌がっていたのは知っているけど、それだけのことで王軍を使ってまで一人の生徒を痛めつけるだろうか。
確かに、聖王のお気に入りという前提で好き勝手なことをしてきた人だけど……
そこまで大それたことをするような人じゃなかったように思うのは、勝手な想像だろうか。
東原梅路という個人と親しく交流を取っていたわけじゃない。
僕の知らない一面なんて、皆が持ちあわせている。
(尚書院としては、東原サンが王軍長でいるより、堀切さまが王軍長でいてくれるほうが、違反者処罰尚書を作らなくて済むし。楽になったんだから、何の文句もないけどね)
アイスを口から引っこ抜いて、欠伸を吐き出す。
汐は僕が長いすに置いた経済誌を広げて見ていた。
僕が開いていたページと同じページを開いている。
皆、聖王 森村明石がフォレストの御曹司だという噂は耳にしている。
フォレスト、と書いてあるだけで、見てみたい好奇心にかられるのだろう。
ここにいる人間は、皆ヒマすぎる。
フォレストのページだけ型がついているみたいに、雑誌を手にとると自然にそこが開いてしまうのだ。
「……汐ちゃん、元気?」
雑誌から視線を上げて、汐は笑って見せた。
「え、元気だよ? 元気なさそうに見える、かな」
「うん、ちょっとだけなさそうに見える。まー、週末どこに行けるわけでもない山ん中の寮にいて、ウキウキしてろって言うほうが無理だけどさ」
ちょっと憮然とした顔を作って言うと、汐は軽い声を立てて笑った。
笑いが止まると、寂しそうな顔になる。
「実は、叔父が……あんまり話を聞いてくれなくて……」
「オジサン? ああ、汐ちゃんの保護者だっていう?」
汐はこくんと頷いた。
花井汐が両親を亡くしていて、親戚である叔父を保護者にしている、という話を話題に出したのは、家令 鷹宮雅臣だ。
汐に無茶な接見をした時に入手したのか、書類から入手したのかは知らないが、他人のプライベートに詳しい。
普段、寮生活をしている僕ら聖風の生徒にとって親兄弟とのつながりは、各寮に一つだけ設置されている公衆電話か手紙。
もしくは週末の面会がすべてだ。
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