聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
1
二学期が始まった。
夏休暇が終わって、寮生が帰ってきて。
人気のなかったケセド寮も、元の賑やかさを取り戻していた。
「……あっつぅー…」
週末になると、一気に混みあうランドリー室。
洗濯機も乾燥機も全部稼動していて、当人がここにいることはない。
何しろすごく暑い。
エアコンがあんまり効いていないのは、いつものことなんだけど。
ぱりぱり音を立てて袋を破ると、僕は食堂で入手してきたばかりの棒アイスを口に入れた。
甘くて、冷たくて、生き返る。
食堂じゃなくて、寮で売れば良いのに。
(って、上申が来たら、面倒くさいのは作業する、役員である僕なんだけどさ)
もしエアコン話やアイス話の上申が来ても、鷹宮家令も侍従長 修司も、絶対協力してこない。
地味な案件はすぐ棚に載せて、後回しにして忘れてしまう。
まったく自分ペースと言うか、勝手な奴らなんだからっ。
歯の下で、チョコが割れる。
口元を動かしながら、長いすに腰を下ろして膝に置いた雑誌を広げた。
いすの上に転がっていたものだ。
洗濯機と乾燥機の音を聞きながら、ページをめくった。
フォレストの女性代表者の顔写真と、対話形式のインタビューが掲載されていた。
(“フォレスト”かー、聖王陛下が“おんぞーし”やってる会社ね)
ぱりぱりと音を立ててチョコをかじり、はたと手を止める。
写真の女性は、聖王 森村明石の母親にしては若そうな印象がある。
にっこり笑って撮られている写真は、ずいぶん人の目の前に出るのに、慣れているように思える。
髪を頭の後ろでまとめ、シンプルなスーツを着ているのに艶が見えた。
「三森葵ー。苗字も陛下と違うんじゃん。御曹司って噂、もしかしてデマじゃん?」
ビジネス社会で利便性があるという理由で、旧姓のまま活躍している女性も多い。
三森葵もそういった理由で森村姓を名乗っていないのかもしれないが。
チョココーティングの中のバニラアイスを舌で舐めながら、「それにしても、森村明石と全然似てないっ」と独りごちた。
乾燥機の一つがブザーを鳴らした。
数秒鳴って、勝手に切れる。
誰もいない長いすに寝っ転がって、対談インタビューを読みすすめた。
三森葵は、随分有能な人みたいだ。
フォレストが大企業と呼ばれるようになるまで、たった四年しか費やさなかったと書いてある。
「ま、なんて言うか、それを自分で語ったりして、嫌味な女だよね」
まったく第三者の身でどうでもいいことを呟いていると、ランドリー室のドアが開いて、バスケットを持った花井汐が入ってきた。
「あ、高美くん。暑いのに、ランドリー室で洗濯終わるの待ってるの?」
談話室に譲もいたよ? と付け加えながら、先刻ブザーを鳴らした乾燥機の蓋を開けた。
汐らしい淡い色合いの衣類が、ぽんぽんとバスケットに入っていく。
僕は横目でちらとそれを見てから「うん」と短く返した。
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