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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
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 いかにもか弱そうに見える外見だけど、パニックになりそうなところでは不思議と落ちついている汐を見ていると、存外に強いのかもしれないと思ったりしていた。
 いや、今夜食事を摂らずに休んでしまったのも、やっぱり芳明さんの言うとおり“母親似”ということなんだろうか?

「夢と現実の境目がわからないというのかな。妄想が酷くなって、到底信じられないようなことばかり言うようになって、泣くばかりでね。
 私もどうしてやっていいか悩んだんだすえに、医療の力に頼ることにしたんだ」

 夢と現実の境目が、わからない……?

 思い当たることが多すぎた。
 ひょっとして、夕方、汐が話してきた過去の話は、もしかして……?

 いや、妄想にしては現実感がありすぎる気がする。
 そもそも想像の産物でしかないものを、あそこまで詳細に語ることができるものだろうか?

 しかし……。
 森村明石が汐の母親を脅迫していた、というのは、幾らなんでも無茶な話のようにも思える。

「話を聞いてやって、薬を飲ませて、だんだんと落ち着きを見せてきたんだが、今日みたいに沈んだ顔をしているのを見ると、またあの頃に戻ってしまったんじゃないかと……。
 ──譲くん」

 名前を呼ばれて、思わずハイ、と返す。

 芳明さんと話していると、どうも話の切れ目が見つけられなくて、自分なりの解釈をする暇がない。
 彼は俺の目の前に、何の装飾もないアルミのピルケースを差し出した。

「汐が元気になってきたんで、私がいないここより学園のほうが良いと、知人から紹介してもらって聖風に入れたんだが。どうにも、あれが心配でね。かと言って、戻してここに置いても私が見てやれるわけじゃないし、汐には学も身につけてほしい。
同室の友達になってくれた子に会えたら、ぜひ頼みたかった。
 汐がまた、どうしようもない妄想に取り付かれて、苦しんでいるのを見かけたら、これを飲ませてやって欲しい。
管理してくれた医者がくれた薬なんだが、あれは薬を飲むのを嫌がって。うちにいるときも、こっそり飲み物に混ぜて飲ませていたんだ。
 手をかけさせて申し訳ないが、汐のことをどうかよろしく頼みます。教えてやって下さい。『怖いことは全部夢なんだ』と」

 大の大人に頭を下げられて、俺のほうが慌ててしまった。

「も、もちろんです。俺も汐が好きです」

 芳明さんから「ぜひ、基山くんにお願いしたい」と言われたピルケースを、ゆっくり手に取った。
 手前から上へ開くと、中に一回分ずつ小分けにした透明の袋が入るだけ詰め込まれていた。

 芳明さんが、どれほど甥である汐を心配しているか理解できる気がして、慌ててふたを閉じた。

 ケースをポケットに仕舞って、また食事を続ける。
 芳明さんが幼い頃の汐の話をするのを、租借しながら頷いて。

 食堂を出るころには、すっかり芳明さんに気に入ってもらっていた。
 最後にやっぱり「汐を頼みます」と頭を下げられて。

 俺は“汐の友達”である重要性を、改めてかみ締めた。











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あきゅろす。
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