聖王の御手のうち(本編+SS/完結) 10 「良かった。なんだか手が止まっているようだったから、嫌いなものでもあったか気になってしまってね」 すみません、と慌てて頬張った。 ミヨコさんその他の皆さんが作ってくれたのは、あっさりした和食で。 俺はナイフとフォークのマナーに慌てずに済んだ。 箸先で茄子の天ぷらをつまんでいると、芳明氏が「良かった」と呟いた。 「君のようにしっかりした子が、汐と同室でいてくれて良かった。ずっと汐に言っていたんだ。基山くんを連れてきてほしい、と。ようやく連れてきてくれたと思ったら、体調を崩して先に休んでしまうなんて……。 申し訳ないね、初対面のオジサンと二人で食事なんて、気詰まりな思いさせて」 「は、いえ。全然です」 申し訳ないと言われるとなんと返したら良いかわからなくなる。 それにしても改めて見ると、汐と芳明氏は甥と叔父だといっても、あまり似ていない印象を受ける。 線の細い汐に対して、芳明氏はがっしりとした体躯をしていて、どちらかというと男くさい。 芳明氏は俺に負けない食べっぷりで「母親に似たんだろうなぁ」と続けた。 汐の母親、と聞くと、先刻の庭園での話が頭に浮かんできて、茄子が喉に詰まりそうになった。 「義姉は、あれの母親は体が弱くて。何というか、吹けば飛んでいきそうな儚い女でね。きっと汐も、その体質を受け継いでいるんだろう。うちも色々あったから、渦中にいた汐が弱ってしまうのも、仕方がない話だがね」 君は友達だし、もう汐から聞いているかね、と聞かれて、ちょっと慌てた。 聞いているといえば聞いているが、これは多分花井家としては、醜聞の部類に入る話かもしれない。 汐の語った昔話も、お母さんに恋人がいたかもしれない話も、芳明さんが知っていない可能性もあるのだ。 返事を曖昧にしようと、水を口に含んだ。 芳明氏は細かいことは気にしない性分なのか、俺の返事がないのもそのままに話を続けた。 「恥ずかしい話だが、あれの母親が亡くなった後、兄の事業が傾いてね。頑固者だったから一人で被ってしまって、身内が気づいたときにはどうしようもなくて。兄も病に倒れてしまって、可哀想に、あの子は一人になってしまった。 私が事業を受け継いだあと、そっちのほうはフォレストの協力もあって、なんとか持ち直したんだが。 ……皮肉なものだ。傾かされたのもフォレストの力なら、復活したのもフォレストのおかげとはね」 汐のお父さんの会社の話は、汐から聞きかじっていた。 仕事が持ち直したことも、離れを買い戻せたことも。 (“フォレスト”……なんかどっかで聞いたことある名前だけど……) 思い出せない。 煮物の南瓜に箸をつけながら、記憶の引き出しをひっくり返してみたけど、その整理時間もなく、芳明氏の話はまた続いてしまった。 「子供だったあの子にとっては、相当なストレスだったんだろう。両親が立て続けに亡くなってしまったんだからねぇ、可哀想に。 精神的に不安定になってしまって、医者に24時間管理させた時期があったんだよ」 「えっ? 汐が?」 それは初耳だった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |