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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
9
 奇妙な思い出話がよみがえらせてしまったというのに、汐はやっぱり先刻の部屋にいた時と同様、不思議な静けさを保ったままだ。

「『彼らに支払う金はね、汐のお母さんがくれたんだよ』って、明石は言ってた。彼らって、部屋に来た“みんな”のことなんだけど」

「……?」

「『汐が泣きながら庭園に行かなければ、彼女はあんな目に遭わずに済んだのかもね? ううん、汐が悪夢を見なければ良かったのかな?』……」

 森村明石が言ったらしい台詞を、汐は抑揚のない声で反芻した。

 俺は直接、森村明石の口から聞いたわけじゃないけど、聖王が言ってもおかしくない台詞まわしだと思った。

 不思議な静けさから息を吹き返したように、汐は体を震わせはじめた。

「譲……どうしたらいいの? お母さまは、だから死んだの……?」

 抱きしめた肩に当たる汐の口元が、かちかちと音を立てている。
 背中に回した腕に力を入れて、「大丈夫」と繰りかえす。

 それでも汐の奮えは止まらなかった。
 何が「大丈夫」なのか、俺にもわからない。

 汐の言っていることが全部本当なら。
 聖王は、数年前の森村明石は、泣いていた小さな汐と一緒に、花井夫人の逢引を目撃した──そして、



 そして、彼女から金を引き出していた。











 離れに帰った汐は、結局食事も摂らずに自室へ戻って行った。
 庭園でのこと、森村明石と汐のお母さんのこと。
 思い出したショックから、抜け出せずにいるのだろう。

 当然だと思う。
 信じたくない話だ。

 しかし、と過ぎる。

 汐の家から森村明石が失踪したのと、汐のお母さんが亡くなったのが同時期として、それが四年前の話だ。
 お母さんと恋人だという男が、庭園で会っていたのを見た時期は、それより前だということになる。

 森村明石は中学生にすらなっていない。
 そんな年端も行かない子供に、女性とはいえ大人を脅迫することなんて、できるのだろうか。

 どうしても俺は、悪友たちと日が暮れるまで遊びまわっていた、自分の子供時代を引き合いに出して想像してしまう。
 あの頃の俺には、大人から大金をゆすり取ろうだなんて、脳みそに掠ることすらありえなかった(たとえ母親の財布から小銭をちょろまかして、げんこつをくらったことはあったとしても、だ)。

「基山くん。食事は口に合うかい?」

 唐突に思考に入り込んだ台詞で、我に返った。

 ここは食堂で、向かい側にすわっているのは汐の叔父 花井芳明で。
 俺は汐の叔父さんの目の前で、自分だけの思考にどっぷり浸かっていたらしい。

 芳明さんがにっこり笑うのを見て、ひどく焦ってしまった。

「あっ、はい! とってもおいしいです!」


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