聖王の御手のうち(本編+SS/完結) 7 そこから頻繁に汐は天野さんの部屋に通っていて、俺はてっきり汐が天野さんに気があるのだと思っていたけど(そして、天野さんのほうもまんざらではないと思っていた!)。 何かと汐に関わってくる聖王のことだ。 これを知れば、今度は天野さんに手を伸ばしかねない。 「僕は天野さんのこと好きだけど、天野さんは僕を後輩だとしか見てないから。 それでも僕がこんなこと思っていること、明石には知られないほうが良いと思ってる。天野さんに迷惑かけたくない。 ……そういえばこのこと、一人知ってる人がいる。内緒にしててくれるって約束してくれたけど」 「もー誰だよ、ややこしいな」 頭をばりばり掻いて、つい零してしまう。 汐が申し訳なさそうに視線を送ってきた。 「あ、あのね。家令の鷹宮さま。いつだったか、夕礼拝の後で譲と喋ってるのを聞かれちゃって……ほら『天野さんとは距離を置いたほうが良い』って注意をくれた時に」 原因が自分にあって、汗がにじみ出た。 「で、でも、天野さんサイドが何も思ってないんなら、家令閣下が何と思っていようが事実無根なんだし、関係ないだろ? てゆーか、接見に続いてまた鷹宮さまなんだ、ややこしいな、あの人。あの人、実は聖王になりたがってるって話もあるんだよなぁ、これもまた噂でしかないけどさ。もし噂どおりの面倒な人なら、気をつけないとな」 汐は「そうなの?」と返しつつも、家令が企てる下克上話にはそれ以上興味を示さなかった。 「……あのさ。天野さんのことは、もういいんだろ? じゃあさ、森村明石のことは、どう思ってんの? 好き、なのか? えと、“そういう意味”でさ」 未練がましいと自分でも思う。 だけど、汐の気持ちが気になって仕方なかったのだ。 汐は何か言いそうに、唇を開いて、また閉じた。 思案するような顔をして視線を移ろわせる。 「ごめん。わからない……」 ごめんね、と続く。 自分でもよくわからないんだ、と。 帰りは正面玄関から出た。 本宅は広すぎて、さらに複雑すぎて俺には道なんか全然わからなかったけど。 汐の後をついてスムーズに歩いた。 重苦しい空気を払拭しようと、思いつく限り笑えるネタを話題に出して。 俺の努力を汲み取るかのように、汐は普段より少し大きめに笑ってくれた。 大きな扉が重そうな音を立てて閉じていく。 汐はまた金属音を鳴らして、鍵束の中から一つを選び出すと、豪奢な玄関に鍵をかけた。 なんだか“封印”みたいだと思う。 本宅の中で汐の身に起こった惨劇を、知っているのはこの立派すぎる屋敷だけで。 それをこうして、鍵をかけて封じて。 誰にも知られないまま、密やかに過去を埋めていく。 「庭、散歩して帰らないか? 時間大丈夫かな」 空を染めていた夕焼けはすでに消えて、黒に近い夜空が広がっていた。 学園に負けない田舎にふさわしく、小さな星がまばらに光っている。 月の光が控えめで、星は数えられそうに際立っていた。 「夕食に遅れたら、ミヨコさんに叱られるかな?」 [*前へ][次へ#] [戻る] |