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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
1
 電車の心地良い揺れが、眠気を誘っていた。
 かくんと頬杖から落ちた小さなショックで目が覚める。
 鞄のポケットに突っ込んでいたペットボトルの水を喉に流し込んで眠気を払ってから、向かい側の席にすわっている汐に目をやった。
 視線が合うと、柔らかく笑う。
 
 景色は学園がある田舎から都会へ。
 乗り継いで、また田舎に向かっていた。

 夏休暇。
 学園の夏休みに、大方の生徒たちは寮を出て実家に帰省する。
 学園の特色として、朝夕礼拝に教会へ赴いている生徒たちだが、家に帰ればほとんどの者があまり熱心ではない仏教徒だ。
 盆に親戚の集まりがあって、しぶしぶ帰る支度をする者もいた。

 俺は、汐に誘われて汐の叔父の家を訪問することになった。
 もちろん汐の誘いを受けたのだけど、予定は急に決まったのだ。
 実を言えば俺も"親戚の集まり"に顔を出すことを、母親に約束させられた一人だった。

 汐が王軍に追われた夜。
 聖王の手に抱かれて消えてから数時間経って、汐は堀切副王軍長に送られてケセドに戻ってきた。
 窓の外の様子をずっと気にしていた俺は、あわてて階段を降りて玄関へ出て行ってしまった。
 副王軍長の目の前で、消灯時間違反をするなんて自殺行為も良いところだったけれど、その時はそこまで考えてなくて。
 同時に部屋を出てきた、天野司酒長が俺を庇ってくれた。

 堀切副王軍長は、「今夜は特別です」と短く言い、ジャージ姿の汐の背中をついと押した。
 風呂上りのような、良い匂いがした。
 ぼんやり視線を漂わせていた汐は、天野さんと俺の顔を見て表情を緩めて。
 天野さんに抱きついて、わんわん声を上げて泣いた。
 部屋に戻れたのは、それからまた数十分たった後だ。

 汐は、まるで死んだんじゃないかと思うほど眠っていた。
 ……当然だ。
 とんでもないことの、ありえないことの渦中の中心だったのだから。

 多くの生徒が処罰を受け、中には学校から処分を下される者も出た。
 それでも事の大きさほど事件としては大きくならなかった。
 学園に隠蔽されてしまったのだろう、と誰かが言う。
 学園だの聖王会だの、手に取ることもできないような不確かな存在に振り回されて。
 この不気味な"王国"の正体はいったいどこにあるのだろうと思う。

 ほどなく期末試験が始まって、生徒たちは目前の課題に噂どころじゃなくなってしまう。
 そう、噂だ。
 王軍が多勢に無勢で一人を襲った、という噂。

 確かなことは、王軍長だった東原梅路が、一人の兵士になってしまったこと。
 代わりに副王軍長だった堀切茂孝が、王軍長に昇格したこと。
 そして、掲示板に尚書が貼りだされることが激減したこと。

 盛り上がった噂も、期末試験が終わると同時になりをひそめた。

 そのどれもが、俺にはあまり関わりがなく。

 消灯時間の後に、ぽろりと口を突いて出てしまったのは、消えかけの"噂"と同じように、何事もなかったような顔をしている汐にも一因があるかのように思う。

「汐が好きなんだ。守りたい」

 ベッドサイドの灯りの下、汐は黒いウサギをぎゅっと抱いたまま、こっちに寝返りを打った。
 大きな目が吃驚したみたいに瞬いて、ふっと緩む。

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あきゅろす。
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