聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
その後、俺は化学室の明石に会いに行ってはいない。
明石の手の中にある瓶の中にいるのは、彼女だけなのだろうか?
その後しばらくして、森村明石は前聖王から指名を受け、聖王になった。
講堂で行われた戴冠式が、今でも思い出される。
俺は明石から、いや聖王から指名を受け、副王軍長に納まった。
「堀切茂孝は友情を盾に、東原梅路は恋情を盾に地位をねだった」という不名誉な噂が流れ、俺自身としては事実無根だと今でも思っている。
まぁ、東原梅路のついての真偽までは知らないけど。
正確にはどうなんだ、と聞いたことがあった。
明石は「そんな噂があるんだ」と笑ったあと、静かな無表情を取り戻して、ぽつりと呟くように答えた。
「目的のためには、色々しなきゃいけないことがある」
あいかわらず、明石の出してくる解答は回りくどくてわかりづらい。
聖王会役員の人選も、『目的のためのしなきゃいけないこと』に入っているとでも言うのだろうか?
(明石の目的って、いったい何なんだ?)
それは初めて会ったあの時から明石がずっと持っているもので、今もなお変わってはいないように思える。
だが、それが何なのか、問うことははばかられた。
たとえ問うたとしても、明石から答えを望めないような気がして……触れてはいけない、傷口にも見えて……
「あの、送って下さってありがとうございました」
目の前に、ちょこんと頭を下げる花井汐があった。
その後ろにはケセド寮がある。
いつの間に着いていたのだろう。
玄関に灯りが点いて、司酒長の天野さんが出てくるところだ。
廊下の奥から、もう一人ジャージ姿の生徒が現れて「汐」と声をかけた。
普通なら消灯時間が過ぎて、廊下をうろつくヤツは違反者になる。
それでも出てきてしまったのは、友達だからだろう。
天野司酒長が「基山譲くんは、汐くんの同室で心配して……」と説明するのに、俺は「今夜は特別です」と返していた。
(同室か)
天野さんの顔を見て気が緩んだのか、彼に抱きついて泣く花井汐を、隣で心配そうに見つめている基山譲を見ていて、明石を思いうかべる。
今は聖王として一人部屋で寝起きする森村明石は、もう俺のルームメイトじゃない。
聖王と、王軍長という隔たりも生まれた。
だけど、とケセドからきびすを返す。
俺にとって森村明石は、出会ったころと変わりない。
副王軍長よりも、王軍長。
さらに明石のそばにいたいと思うのは、花井汐を心配する基山譲と同じようではないのだろうか。
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