聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
──もしもし? 明石?
女だ。
洩れてくる、甲高い女の声。
妙に媚びたような甘いそれは、親しみを込めて「明石」と呼び捨てにする。
姉妹ではないか? とは思わなかった。
年の近い彼女というより、ずっと年上で、男の扱いに慣れているような。
ドラマの脇役に出てくる、プロの女のような。
俺は、じっと身を潜めて聞き耳だてた。
「ああ。かけようと思っていた。あれはだめだ。もう一度練り直して持ってこい。明日の晩まで待ってやる」
……? あれ、って……?
俺の予想は、どうせ母親か彼女ぐらいものだろうというあっさりしたものだった。
いや、学校から許可が下りているのだ。
もしかしてああ見えて病弱で医師から管理を受けているとか、命にかかわるような?
さらにああ見えて、前の学校で素行が悪くて、施設の管理を受けているとか?
そのどれも、あっけなくハズレていた。
──あらぁ、結構イケたと思ったのに。ねぇ、でも現場は時間がないのよ、それで走らせてよ。責任はあたしが取るからさぁ……。
甲高い声はばっちりと洩れていて、ふふふと笑う表情まで見えてきそうだった。
だが明石は、声色を変えることなく「だめだ」と切り捨てた。
「あんたの脳味噌で責任取る所まで求めてないよ。失敗したとき、誰でも脚を開けば許してくれると思ったら、大間違いだよ?
……まぁ、言う通りに動けないなら、首をすげかえるしかないんだけど」
残念だね、と続く明石に、電話の向こうですう、と息を飲む音が聞こえた気がした。
──バカ! わかったわよ、やるわよ、このクソガキ!
叫んだ後、通話は一方的に切れた。
俺は、ルームメイトに一芝居打っているのも忘れて、見開いた目で視線を壁に縫いつけていた。
(!? 何だ、今の会話……!? 脚っ!? なんであんな台詞がさらっと出てくる!? 同じ年だよな!?)
あの女が、いつも話している相手なのか?
緊急を要する会話なのか?
ばくばくと鼓動を打つ心臓に落ちつけと言い聞かせてから、開いたままのマンガに視線を移していると「茂孝」と背中から声がかかった。
体は背を向けたまま、顔だけ振り返らせると、明石はいつもどおり、ベッドヘッドにもたれてブックカバーのついた本を開いていた。
? 呼ばれた気がしたけど、気のせいだったか?
明石は文章から顔を上げると、俺に視線を合わせて、ふっと笑って見せた。
「楽しめた? 今の」
「〜〜〜……っ! 知ってたのかよ、俺が起きてることっ……」
「毎晩、同じ部屋で寝てるのに、熟睡している茂孝がどんなだか、知らないわけないだろう? 自分がそんなにお行儀良く寝てると思ってるの? 面白いね、君は」
「…………」
返す言葉もなかった。
俺はもそもそと半身を起こして、ベッドの縁にすわった。
マンガはどうでもいい。
閉じて、自分の机に向かって投げると、上掛けをかぶって本当に寝ることにした。
高等部に移動しても、明石と俺は同室だった。
俺が同室を希望していたのは当然だが、後から聞けば明石も俺と同室でいることを希望してくれていたようだ。
明石に興味を示していても、外部に洩らさない俺を都合良く思ったのだろう。
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