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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
 入り口を封鎖していた兵士を脇にどかせて、針金だらけのアーチの影に足を踏み入れる。
 俺の上着を体にかけて、芝生で意識を失っている汐の姿がすぐ近くに見えた。

 汐に目をやった二人は一瞬表情を凍りつかせ、基山譲は中へ駆け込んで行った。
 天野が俺を見上げてくる。

「言ったはずです。無断で寮生を呼び出されては困ります、と」

「俺が汐を呼び出したわけじゃない。気づいたときにはこうだった。王軍を配備した後、首謀者には制裁を与える」

 汐を呼び出し、集団でその体を良いように扱ったのは俺の指示ではない。
 無論、知っていて止めだてしなかった事実をこの司酒長が知れば黙ってはいないだろうが。

 二の句を続けられない天野の前を通りすぎ、汐に近づいた。
 基山譲が芝生に腰を落とし、その膝に汐を抱えて何度も呼びかけていた。

「今は起こさないほうが、幸せなんじゃないか?」

 基山譲にそう呼びかけると、彼は怪訝な顔をして振り返った。
 喉に詰まった言葉を、無理矢理声にしたみたいな、そんな語調だった。

「どうして……聖王会は、何度も汐に関わるんですか? 汐はただの編入生じゃないですか。それをこんな目に……酷すぎる」

 酷すぎる、か。
 基山譲の言葉が、脳裏を掠めていく。

 正確には、“聖王会”が関わりを持って行っているわけじゃない。
 何かのきっかけで歯車が動き出し、梅は俺に都合の良い動きをしただけのことだ。

 おかげで梅の私兵を一掃でき、汐はますます追い込まれた。

 問いには答えず汐の目の高さに腰を落とすと、ようやく人の気配を感じたらしい汐が目を覚ました。
 長いまつげを瞬かせて、一瞬辺りに視線を惑わせた後、俺と目を合わせた。
 ほっとしたような安堵の表情になって、制服の腕が伸びてくる。

「あかし……」

 驚きに目を見開く基山譲の膝から、汐の体を抱きかかえた。
 肩に、首に、汐の腕で巻きついてくる。
 川上修司がしこんだ薬の、甘い香りがまだ漂う。
 ぴたりとつけた胸元から、とくとくと鼓動を感じる。

 シャツの肩口を握る手の甲に、鮮やかな赤い痣が浮いている。
 あの晩から、ずっと汐の手の内に咲いている俺の花。

「……もう終わった? 僕、じっとしてたよ、ちゃんと……だから……」

 うん、と返して汐の額に唇を押しつける。
 体液と涙と薬の甘味と、複雑に入り混じった奇妙な味がした。
 君が、すべてを失った証を愛しく感じた。

「だから、あかし、たすけて……」

 抱きかかえられた汐は、くり返し同じことを言う。


──明石、助けて。


 壊れた人形のように、くり返しくり返し。

 知っているよ、汐。
 君が心の奥底では俺を欲していることを。
 安心して良いんだよ。
 俺もあの晩から、ずっと君のものなんだ。











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