聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
茂孝はまた、仰々しく言った。
俺は茂孝に「ごくろう」と声をかけてから、梅のために用意した尚書を取り出した。
四つ折りにして尻ポケットに突っこんでいたから、普段見せる圧迫感はゼロだ。
台無しになった上質の紙を、梅は恨めしそうに睨みつけている。
「……明石。俺が花井汐をまわさせるって、知ってたんじゃない? 貴方は何でも知ってるよね?」
四つ折りを開いていく。
そうだな、と返しながら。
土や芝生で汚れていない梅の頬は、蒼白で血の気がない。
「どうして……俺を止めなかったの? 俺なんてどうなっても良かった?」
びらっと音がして宣誓書が開いた。
茂孝が俺を凝視している梅の頭を押さえつけ、宣誓書に高さを合わせた。
「なんで、花井汐を守ろうとも、しないの……? 守りたいと思わないの? めちゃくちゃになった花井汐を見て、首謀者に復讐したいとか思う気持ちもないの!?」
汐を守れ、と言っているのか?
箱の中に入れて、誰にも触れさせないように?
苦笑が洩れた。
それは汐の価値が何なのか、わかっていないから言えることだ。
手にした宣誓書を小さく揺らした。
署名を促すために。
茂孝が封じていた梅の腕を解いて、ペンを手渡した。
梅は何か思案するような顔をしてペンを見つめていた。
「東原梅路。署名を」
梅はじっと書面を見つめてから、パシッとペンを投げつけた。
「王軍は辞めない! 貴方が聖王である限り……俺がいなくなったら、誰が……誰が貴方を守るの……」
俯いた声は小さくなって、語尾は聞こえなくなった。
「誰が王軍を辞めろと言った」
「……え?」
怪訝な顔をして梅は俺を見上げてから、宣誓書に視線をやった。
宣誓書は尚書院に、高美に書かせたものだ。
コクマ独房入りを決定した文面がそこにある。
「明石……どうして……」
ここまでの騒ぎを引き起こしておいて、どうして?
署名を促すと、梅はたどたどしい手つきでサインを終えた。
尚書を元の四つ折りにして茂孝に手渡すと、「ありがたみがまったく感じられない扱いですね」と苦笑した。
もともと、尚書にありがたみなぞない。
書かれている決定事項だけが重要なのだ。
「ここまでの騒ぎを起こした王軍長を、そのまま?」
茂孝は苦笑を浮かべたまま、呆れたように言った。
処分が甘いと言いたいのだろう。
茂孝が王軍を規律したがっていたのは知っている。
知っているからこそ言える、決定だ。
「そのまま? 王軍長は茂孝、今日からおまえだ」
今度は梅と茂孝の二人ともが「えっ」と返した。
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