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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
 遠くで誰かが叫んでいる。
 耳の感覚が遠い。
 ざらりとした舌の感覚はわかるのに、耳元でしているはずの水音は、よく聞こえない。

 影は手を無数に生やした。
 次から次へと生まれて、伸びてくる手が僕の髪に触れて、首筋に触れて、脇腹を這った。

「嫌…嫌だ、触らないで!!」

 誰かの腕が僕をうつ伏せにして、腰からスラックスを抜き取った。
 夜の空気にさらされる気温が、頭を冷やして視界が一気に明瞭になった。

「な、何……っ!? 離しっ……離せ!!」

 顎の下にある芝生と、破れたシャツを肩からかけているだけの自分。
 上から落ちてくる噴水の水が、自分に直接かかるわけでもないのに、のしかかるようで。
 まるでそれが、王軍のようで。
 ひやりとしたものが、背筋を伝った。

 その噴水の前に、いつの間にか王軍長が立っていて、僕の左手を踏みつけていた。
 痛い、という感覚はどこかへ置き去りにしてきたみたいだ。
 土の上にあるのに、歯の根が合わない。
 かちかちと、小さな音を立てて震える。

「早くやっちゃって。ああ、そうだ。これを忘れずに、使って。めちゃめちゃに喘がせて」

 王軍長の手から、小さなジャーが渡って行った。
 僕をうつ伏せに押さえ込んで、ジャーを受け取った人物には見覚えがあった。
 振り返った目が、自然に見開いた。

「お、大沢司酒長っ……!? どうして、貴方が……離して下さいっ、お願……」

 接見の晩に会ったコクマ司酒長 大沢良樹。
 どうして王軍に?

 名前を呼ばれた気まずさからか、さっと視線を逸らして、大沢司酒長はジャーを僕の背後にいる者へと回した。

「大沢さんっ!! お願いです、助けて!!」

 慌てて逃れようと手足をばたつかせるけど、体が横倒しになったぐらいで、また数人に押さえ込まれた。
 ぎゅっと芝生に押しつけられた喉が、ぐうと鳴って、息がしにくい。
 肩を上下させて空気を取りこんでいると、脚の付け根に何か、ひんやりとしたものが塗られた。

「っ!? 嫌だ、やめてっ……!!」

 力を入れても押さえられた体は、少しも動かなかった。
 クリームか軟膏か、粘度のある感覚が、誰かの指で広げられていく。

 ……気持ち悪い、匂いだ。
 人工的な甘い匂いに、鷲掴みにされた脳が、無理やり揺らされているようだった。

「……気持ち悪……」

 元の四つん這いに戻されて、脚と脚の間を、クリームに濡れた指がゆっくりと前後した。
 考えまいとするのに、逃げることだけ考えないといけないのに、頭の中の何かが、肌を伝う指先の動きを追い始めていた。

「ふっ……んく……」

 声が洩れる。

 だめだ。
 逃げなくちゃ。
 僕はもう、小さな子供じゃない……

(……この感覚は、知っている)

 下腹からせり上がってくる、抗いようのない甘味。

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