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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
1
「はぁ、はぁ、はぁ、……」

 息が、切れる。
 心臓が、痛いほどの鼓動を訴えている。
 でも、音を立てちゃだめだ。






 手紙は、封筒に入っていた。
 何の飾り気も、模様も入っていない、真っ白の無地なもの。
 封はしていないまま、部屋のドアの下から差し入れてあったから、開けるのをためらった。

 もしかしたら、僕じゃなくて譲宛てかもしれないし。

 それでも中を確かめてしまったのは、やっぱり封がなされてなかったからだろう。
 一枚だけ入っていた便箋に、場所と時間と署名があった。


――森村明石


 会いたくない。

 会って、何を話す?
 でも、もう関わらないで欲しいってことだけは、きちんと言っておかなくちゃいけない。
 もう明石と僕は、何の関係もないんだって――








「いたか?」


 兵隊の声にびくりと肩が揺れた。
 いない、という返事にほっと息を吐く。
 がさがさと葉音が遠ざかった。

 黒い雲が、薄い紺色の夜空に刷毛でさっと塗られたみたいにたなびいて、ゆっくりと流れていく。
 端っこの薄く引き裂かれた綿のような雲間から、やけに明るい月が顔を出した。
 多分、満月が近いのだろう。
 そんな形をしている。

 夜には晴れがましいほどの光を下ろして、迷路のようにカットされた低木群を浮かび上がらせた。
 その向こうに、水面を断片的に輝かせる噴水がある。
 定期的に水を強く吹き上げる音に、身を潜めているはずの体が、驚いて芝生をキュッと鳴らしてしまう。

 月光の下に照らされた庭園を、蟻のように蠢くのは王軍だ。
 僕は今夜、たった一人、王軍に追いかけられている。

(……どうしてこんなことになった?)

 わからない。
 何度もくり返す問いに、答える自分の回答も同じだった。
 わからない。

 手紙が来た。
 明石から。
 すごく迷ったけど、出向いて行った。
 きちんと言おう。

 もう明石の要求には応じない。
 小さいころとは、違う。
 好きな人も、できたの。

 教会の裏手。
 現れたのは、王軍長だった。
 制服に、金獅子の腕章。

「花井汐。君を狩る。これは、分をわきまえず不相応にも、聖王会に席を求めた、いわば制裁だよ。
 君は、思い知るべきだ」

 凍りつく暇もなかった。

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