聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
俺が用があるのは修司だったのだが、彼はハエの雄雌判定で忙しそうだ。
笑顔の雅臣にはできれば出ていってもらいたかったが、動く様子はなかった。
むしろ、話に興味がありすぎるのが見えて不愉快だ。
俺は、まだハエの体を凝視している修司に体を向けた。
「媚薬をもらいたい」
修司は顕微鏡を動かす手を、ひたと止めて、丸めていた背中を伸ばした。
「……僕には言わないで欲しいって、言ったのに」
困るなぁと言いながら、修司は口元を綻ばせた。
修司の行動基盤であろう好奇心を、俺のセリフはくすぐったらしい。
反応はどうでも良かった。
むしろ、計画を知られないほうが良いのだが。
(こいつらはどうせ、同じ穴の狢(むじな)だ)
明石の足元を掬おうと、虎視眈々と目を光らせている雅臣に、面白ければ聖王会などどうでも良いと思っている修司。
協力はしなくとも、邪魔だてしてくれなければそれで良い。
脛に傷を持つ者同士、喋られたくないのは皆同じだ。
黙ったまま修司が軟膏の入ったチューブに鋏を入れている横から、頬杖をした雅臣が気絶したハエを指先で弾いた。
「襲うのに、気持ち良くさせてあげるの? 王軍長の作戦にしては、慈悲深いことだね」
修司はこれ以上聞きたくないといった顔で、雅臣に白けた視線を送ってから、小分けにした軟膏の容器を机に滑らせて寄越した。
「後払いで良いですよ」
どうも、と短く返してポケットに片づける。
修司は「何も聞いてませんから」と言って、また背中を丸めて接眼レンズに戻って行った。
恐るべき速さで分けられたハエが、二つの瓶の底に落ちていく。
ハンカチで口元を押さえたまま、席を立ちあがる。
逆光になっているのか、雅臣は俺のほうを見ながら、眩しそうに目を細めた。
反対に、俺からは光が眼鏡のレンズを反射して、雅臣の表情が読めなかった。
「よがり狂っているところに、明石を呼ぶんだよ」
聖痕を持つ花井汐。
聖なるものと対極の場所に沈んだ汐を目にして、明石はどう思うだろう?
希望を失うだろうか?
失う、失わないに関わらず、“聖なるもの”から遠ざかった花井汐を目の当たりにして、明石は二度と彼を“姫”の座に据えようとは思わないだろう。
「そんな作戦、俺なら乗らないけどね。
ときに王軍長。君が憎いのは、花井汐じゃなくて、森村明石ってことなのかな?」
「――……」
さらりと返された質問に、一瞬よくわからなくなった。
そうなのか?
俺は、明石が憎いんだろうか。
「王軍長閣下、どいて下さい。そこに立たれると、光が入らない」
ハエの判別に忙しい修司に追い立てられて、我に返った。
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