聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
1
明石は喫煙者だ。
吸っている所を見たわけじゃないけど、そばにいればわかる。
匂いは残る。
「明石。煙草、どうやって手に入れてるの?」
ベッドの中で寝返りをうちながら、立ってシャツを羽織る明石の背中に聞いてみる。
「直接、持ってこさせてる。こっちから渡すもののついでだ」
「ふうん」
明石はあのグループ企業フォレストの御曹司だ。
聖王会でメンバーを手足としているように、現実世界でも明石の手足になる人間は多いのだろうと思う。
前ボタンを留めながら、「梅は止めておけ」と続いてくる。
「何を? 煙草?」
「そう。匂いがするのは好きじゃない」
知ってる。
勝手だよね、自分はぷんぷん匂わせておいてさ。
興味があるのに抑えたのは、明石の手中にいるためだ。
「明石、俺のこと好き?」
一瞬吃驚したように表情を止めて、クスッと笑う。
この表情、好きだ。
「何、唐突。好きじゃなきゃ来ない」
「うん。……花井汐より?」
誰かと比較してどうこう、というのは明石は好きじゃない。
それも知ってる。
聞かずにいられれば良かったんだけど。
想像していた通り、明石は笑みを消した。
機嫌が良いか悪いか判別のつかない無が、明石は一番怖い。
「あれは……好きとか嫌いとかじゃない」
明石の目線が夜の闇をたどる。
“好き嫌いじゃない”
『だったら何』とは、もう聞けなかった。
「東原王軍長。そろそろ来るかなぁ、と思ってました」
貴方は退屈になると僕のところに来るでしょう、と続ける侍従長 川上修司は白衣姿で、ここは特別棟にある化学室だ。
山の中にある聖風学園にも夏の気配が訪れる。
初夏の足音の近いこの時期に、化学室は山側も校舎棟側もきっちり窓が閉まっていた。
化学室は修司が気に入っている場所で、聖王会会議をサボっている時も、部屋にいなければだいたいここで奇妙な実験をしている。
「何この匂い……?」
眉間に皺が寄る。
しまいこんでいたハンカチで、鼻と口を押さえた。
その様子を、修司から少し離れた席にすわって、家令 鷹宮雅臣がくすくすと笑い声を立てた。
いたのか。
面倒な男が。
「さっきちょこっと、試薬をこぼしてしまったのでねぇ……そんなに匂いますかね……」
ガラス瓶に入った細かいハエを、指先でぽんぽん叩いて落としながら、修司は気の抜けた声で返してくる。
何をしているのかさっぱりわからないが、修司の意識はハエに集中しているようだ。
ガラス瓶には栓がしてあって、ハエが出られないようになっている。
栓には穴が開いていて、そこからガラス管がのびていて、それはポリエチレン製のもう一つの容器と繋がっている。
二つ目の瓶の底には、綿が入っていた。
修司が言った『試薬』は綿にしみ込ませてあるのだろうか。
そこまで見ても、修司のしている実験の目的はわからなかった。
そんなことよりこの悪臭だ。
「窓を開けても?」
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